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源氏物語 第1帖 桐壺(6)

高麗の相人

登場人物:桐壺帝・光源氏・弘徽殿の女御・更衣の母・高麗の相人・右大弁

若宮は宮中に戻るが、東宮には第一皇子が立つ。祖母の北の方も亡くなり、若宮は帝のもとで、学問にも音楽にもすぐれた少年に育つ。帝は高麗の人相見の言葉を聞いて、若宮を親王とせず、臣下として「源氏」の姓を与えることを決める。

鴻臚館の一室で、異国の装束の人相見が少年の顔をじっと見つめ、驚いて首をかしげている場面(AI生成)
鴻臚館の一室で、異国の装束の人相見が少年の顔をじっと見つめ、驚いて首をかしげている場面
  1. 1月日つきひ月日つきひつきひ經へ經へへててて若宮わかみや若宮わかみやわかみや參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。いとゞいとゞいとどこのこのこの世よ世よよのののものものものならならならずずず淸きよ淸きよきよらにらにらにおよすげおよすげおよすげ給たま給たまたまへへえれれればばば、、、いとゞいとゞいとどおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。
  2. 2明あ明ああくるくるくる年とし年としとしのののはるはるはる坊ばう坊ばうぼう定さだ定さださだまりまりまり給たま給たまたまふふうにもにもにも、、、いといといとまほしうまほしうまほしゅう覺おぼ覺おぼおぼせせせどどど、、、御おん御おんおん後見うしろみ後見うしろみうしろみすすすべきべきべき人ひと人ひとひともももなくなくなく又また又またまた世よ世よよのののまじきまじきまじき事こと事ことことなれなれなればばば、、、なかなかなかなかなかなか危あやふ危あやふあやうくくくおぼしおぼしおぼし憚はばか憚はばかはばかりりりててて色いろ色いろいろにもにもにも出いだ出いだいださせさせさせ給たま給たまたまははわずずずなりなりなりぬるぬるぬるををを
  3. 3「「「さばかりさばかりさばかりおぼしおぼしおぼしたれたれたれどどど限かぎり限かぎりかぎりこそこそこそありありありけれけれけれ」」」ととと世よ世よよののの人ひと人ひとひとももも聞きこ聞きこきこえええ女御にようご女御にようごにょうごももも御心みこころ御心みこころみこころ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。
  4. 4かのかのかの御おん御おんおんおばおばおば北きた北きたきたののの方かた方かたかた慰なぐさ慰なぐさなぐさむむむかたかたかたなくなくなくおぼしおぼしおぼし沈しづ沈しづしずみみみててて「「「おはすおはすおわすらむらむらん所ところ所ところところにににだにだにだに尋たづ尋たづたずねねね行ゆ行ゆゆかかかむむん」」」ととと願ねが願ねがねがひひい給たま給たまたまひひいししししるししるししるしにににややや終つひ終つひついににに亡う亡ううせせせ給たま給たまたまひひいぬれぬれぬればばば、、、又また又またまたこれこれこれををを悲かなし悲かなしかなしびびびおぼすおぼすおぼす事こと事ことこと限かぎり限かぎりかぎりなしなしなし。。。
  5. 5皇子みこ皇子みこみこ六む六むむつつつににになりなりなり給たま給たまたまふふう年とし年としとしなれなれなればばばこのこのこの度たび度たびたびはははおぼしおぼしおぼし知し知ししりりりててて戀こ戀ここひひい泣な泣ななききき給たま給たまたまふふう。。。年とし年としとしごろごろごろ馴な馴ななれれれ睦むつ睦むつむつびびび聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえるるるををを見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり置お置おおくくくかなしびかなしびかなしびをををなむなむなんかへすがへすかへすがへすかえすがえすのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
  6. 6今いま今いまいまはははうちうちうちにににのみのみのみさぶらひさぶらひさぶらい給たま給たまたまふふう。。。七なな七ななななつつつににになりなりなり給たま給たまたまへへえばばばなどなどなどせせせさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて世よ世よよにににしらしらしらずずず聰さと聰さとさとううう賢かしこ賢かしこかしこくくくおはすれおはすれおわすればばばあまりあまりあまりににに恐おそろ恐おそろおそろしきしきしきまでまでまで御覽ごらん御覽ごらんごらんずずず。。。
  7. 7「「「今いま今いまいまははは誰たれ誰たれたれももも誰たれ誰たれたれもももえええ憎にく憎にくにくみみみ給たま給たまたまははわじじじ。。。母君ははぎみ母君ははぎみははぎみなくなくなくてててだにだにだにらうたうらうたうろうとうししし給たま給たまたまへへえ」」」とととててて弘徽殿こきでん弘徽殿こきでんこきでんなどなどなどにもにもにも渡わた渡わたわたらせらせらせ給たま給たまたまふふう御おん御おんおん供とも供ともともにはにはにはやがてやがてやがてみすみすみすののの內うち內うちうちににに入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。
  8. 8いみじきいみじきいみじき、、、あたあたあたかたきかたきかたきなりなりなりともともとも見み見みみてててはははうちうちうち笑ゑ笑ゑえまままれれれぬぬぬべきべきべきさまさまさまのののししし給たま給たまたまへへえれれればばば、、、えええさしさしさし放はな放はなはなちちち給たま給たまたまははわずずず。。。
  9. 9をんなをんなおんな御子みこ御子みこみこたちたちたちふたふたふたところところところこのこのこの御おん御おんおん腹はら腹はらはらにににおはしませおはしませおわしませどどどなずらひなずらひなずらい給たま給たまたまふふうべきべきべきだにだにだにぞぞぞなかりなかりなかりけるけるける。。。
  10. 10おほんおほんおおん方々かたがた方々かたがたかたがたもももかくれかくれかくれ給たま給たまたまははわずずず今いま今いまいまよりよりより恥はづか恥はづかはずかにににおはすれおはすれおわすればばばいといといとをかしうをかしうおかしゅううちうちうち解と解ととけけけぬぬぬあそびぐさあそびぐさあそびぐさににに誰たれ誰たれたれももも誰たれ誰たれたれももも思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  11. 11わざとわざとわざとののの御おん御おんおんはははさるものさるものさるものにてにてにて、、、琴きん琴きんきん笛ふえ笛ふえふえのののねねねにもにもにもををを響ひび響ひびひびかしかしかし、、、すべてすべてすべて言い言いいひひい續つづ續つづつづけけけばばばことごとしうことごとしうことごとしゅうぞぞぞなりなりなりぬぬぬべきべきべき人ひと人ひとひとのののおほんおほんおおんさまさまさまなりなりなりけるけるける。。。
  12. 12そのそのそのころころころ高麗こま高麗こまこまののの參まゐ參まゐまいれれれるるるががが中なか中なかなかにににかしこきかしこきかしこきありありありけるけるけるををを聞きこ聞きこきこしめししめししめしててて、、、宮みや宮みやみやののの內うち內うちうちににに召め召めめさささむむん事こと事ことことははは宇多うだ宇多うだうだののの帝みかど帝みかどみかどのののおほんおほんおおんあれあれあればばば、、、
  13. 13いみじういみじういみじゅう忍しの忍しのしのびびびてててこのこのこの皇子みこ皇子みこみこをををににに遣つかは遣つかはつかわしししたりたりたり。。。御おん御おんおん後見うしろみ後見うしろみうしろみだちだちだちててて仕つか仕つかつこううう奉まつ奉まつまつるるるののの子こ子ここのののやうやうようににに思おも思おもおもははわせせせててて率ゐ率ゐいててて奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  14. 14相人さうにん相人さうにんそうにん驚おどろ驚おどろおどろきききてててあまたゝびあまたゝびあまたたび傾かた傾かたかたぶきぶきぶきあやしぶあやしぶあやしぶ。。。
  15. 15「「「國くに國くにくにのののとととなりなりなりててて帝王ていわう帝王ていわうていおうのののかみかみかみなきなきなき位くらゐ位くらゐくらいにににのぼるのぼるのぼるべきべきべき相さう相さうそうおはしますおはしますおわします人ひと人ひとひとののの、、、そなたそなたそなたにてにてにて見み見みみれれればばば亂みだ亂みだみだれれれ憂うれ憂うれうれふるふるうる事こと事ことことやややあらあらあらむむん。。。
  16. 16おほやけおほやけおおやけのののとととなりなりなりててて天あめ天あめあめののの下した下したしたををを輔たす輔たすたすくるくるくる方かた方かたかたにてにてにて見み見みみれれればばば又また又またまたそのそのその相さう相さうそう違たが違たがたがふふうべしべしべし」」」ととといふいふいう。。。
  17. 17辨べん辨べんべんもももいといといとかしこきかしこきかしこき博士はかせ博士はかせはかせにてにてにて、、、云い云いいひひい交かは交かはかはしししたるたるたる事こと事ことことどもどもどもなむなむなんいといといと興きよう興きようきょうありありありけるけるける。。。
  18. 18文ふみ文ふみふみなどなどなど作つく作つくつくりりり交かは交かはかはしししててて、、、今日けふ今日けふきょう明日あす明日あすあす歸かへ歸かへかえりりり去さ去ささりりりなななむむんとととするするするににに、、、かくかくかくありがたきありがたきありがたき人ひと人ひとひとにににたいめんたいめんたいめんしししたるたるたるよろこびよろこびよろこび、、、かへりてかへりてかえりてははは悲かな悲かなかなしかるしかるしかるべきべきべき心こころ心こころこころばへばへばえをををおもしろくおもしろくおもしろく作つく作つくつくりりりたるたるたるににに、、、
  19. 19皇子みこ皇子みこみこもももいといといと哀あはれ哀あはれあわれなるなるなる句く句くくををを作つく作つくつくりりり給たま給たまたまへへえるるるををを限かぎり限かぎりかぎりなうなうのうめでめでめで奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりててて、、、いみじきいみじきいみじき贈物おくりもの贈物おくりものおくりものどもどもどもををを捧ささ捧ささささげげげ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。おほやけおほやけおおやけよりよりよりももも多おほ多おほおおくくくものものもの賜たま賜たまたまはすはすわす。。。
  20. 20おのづからおのづからおのずから事こと事ことこと廣ひろ廣ひろひろごりごりごりててて、、、漏もら漏もらもらさせさせさせ給たま給たまたまははわねねねどどど、、、春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうのののおほぢおほぢおおじなどなどなど、、、いかなるいかなるいかなる事こと事ことことにににかかかとととおぼしおぼしおぼし疑うたが疑うたがうたがひひいてててなむなむなんありありありけるけるける。。。
  21. 21帝みかど帝みかどみかど畏かしこ畏かしこかしこききき御心みこころ御心みこころみこころににに、、、やまとやまとやまとをををおほせおほせおおせててておぼしおぼしおぼしよりよりよりにににけるけるけるすぢすぢすじなれなれなればばば、、、今いま今いまいままでまでまでこのこのこの君きみ君きみきみをををにもにもにもなさなさなさせせせ給たま給たまたまははわざりざりざりけるけるけるををを、、、
  22. 22相人さうにん相人さうにんそうにんははは誠まこと誠まことまことににに畏かしこ畏かしこかしこかりかりかりけりけりけりととと覺おぼ覺おぼおぼしししあはせあはせあわせててて、、、無品むほん無品むほんむほんののののののよせよせよせなきなきなきにてにてにてはははたゞよはさたゞよはさただよわさじじじ、、、我わ我わわががが御み御みみ世よ世よよもももいといといと定さだ定さださだめめめなきなきなきををを、、、
  23. 23にてにてにておほやけおほやけおおやけののの御おん御おんおん後見うしろみ後見うしろみうしろみをををするするするなむなむなんゆくさきゆくさきゆくさきももも賴たの賴たのたのもしもしもしげげげなるなるなる事こと事ことことととと覺おぼ覺おぼおぼししし定さだ定さださだめめめててて、、、いよいよいよいよいよいよ道々みちみち道々みちみちみちみちのののざえざえざえをををならはならはならわせせせ給たま給たまたまふふう。。。
  24. 24きはきはきわ殊こと殊ことことににに賢かしこ賢かしこかしこくくくてててたゞたゞただ人びと人びとびとにはにはにはいといといとどどど、、、みこみこみことととなりなりなり給たま給たまたまひひいなななばばば世よ世よよのののうたがひうたがひうたがい負お負おおひひい給たま給たまたまひひいぬぬぬべくべくべく物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえばばば、、、
  25. 25のののかしこきかしこきかしこき道みち道みちみちののの人ひと人ひとひとににに考かんが考かんがかんがへへえさせさせさせ給たま給たまたまふふうにもにもにも同おな同おなおなじじじさまさまさまににに申まう申まうもうせせせばばば、、、ににになしなしなし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべくべくべくおぼしおぼしおぼしおきておきておきてたりたりたり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

月日がたって、若宮が宮中に参上なさった。いよいよこの世のものとは思えないほど清らかに成長なさるので、帝はかえって不吉なまでにお思いになる。

翌年の春、東宮がお決まりになる時にも、帝は第一皇子を越えて若宮を立てたいとたいそうお思いになったが、後見をすべき人もなく、また世間も承知しそうにないことなので、かえって若宮の身に危険があるとはばかりなさって、そのお気持ちを顔色にもお出しにならなかった。それを「あれほどかわいがっておられたが、やはり限度があったのだ」と世間の人も噂し、弘徽殿の女御も安心なさった。

あの若宮の祖母の北の方は、慰めようもなく悲しみに沈んで、「せめて娘のいる所へ尋ねて行きたい」と願っておられたしるしであろうか、とうとうお亡くなりになったので、帝はまたこれを限りなく悲しくお思いになる。若宮は六歳におなりの年なので、今度は事情がおわかりになって、祖母を恋しがってお泣きになる。祖母君は、長年親しくお世話申し上げてきた若宮を残して先立つ悲しみを、くり返しおっしゃっていたのだった。

今はもう宮中にばかりお仕えしていらっしゃる。七歳におなりになったので読書始めの儀式などをおさせになると、世に例がないほど聡明で賢くいらっしゃるので、帝はあまりのことに恐ろしいほどにお思いになる。「今はもう誰もこの子を憎むことはできまい。母がいないというだけでもかわいがってやってください」とおっしゃって、弘徽殿などにもお渡りになる時のお供には、そのまま御簾の内に入れておやりになる。どんな荒々しい武士や敵であっても、見れば思わずほほえんでしまいそうな様子をしていらっしゃるので、女御も突き放すことはおできにならない。女御には皇女がお二人いらっしゃるけれど、若宮と並ぶことのできる方さえいないのだった。ほかのお妃方も若宮からは身をお隠しにならず、今から優雅で、こちらが恥ずかしくなるほど立派でいらっしゃるので、たいそうおもしろく、気の置ける遊び相手と、どなたもお思い申し上げていた。

正式な学問はいうまでもなく、琴や笛の音でも宮中を響かせ、すべて言い続けると、大げさで嫌みになってしまいそうなほど、すぐれたご様子なのであった。

そのころ、高麗の人が来朝した中に、すぐれた人相見がいるとお聞きになって、宮中に外国人を召し入れることは宇多の帝のご遺誡で禁じられているので、ごく内密に、この皇子を鴻臚館にお遣わしになった。後見役のようにお仕えしている右大弁の子のように思わせて、お連れ申し上げる。

人相見は驚いて、何度も首をかしげて不思議がる。「国の親となって、帝王という最高の位にのぼるはずの相をお持ちの方ですが、そのように見ると、国が乱れ、民が憂えることがあるかもしれません。朝廷の柱石となって天下の政治を補佐する方として見ると、またその相とは違うようです」と言う。右大弁もたいそう学識のすぐれた博士で、二人で語り合ったことは、たいそう興味深いものだった。

漢詩などを作り交わして、今日明日にも帰国しようという時に、このようにめったにない方に会えた喜びと、別れたら悲しいだろうという気持ちを、おもしろく詩に作ったところ、若宮もたいそう心にしみる句をお作りになったので、人相見は限りなくほめたたえて、すばらしい贈り物を差し上げる。朝廷からも、多くの品々を人相見にお与えになる。

自然と噂が広がって、帝はお漏らしにならないけれど、東宮の祖父の右大臣などは、どういうことかとお疑いになっていた。帝は賢明なお心から、すでに日本の人相見にも見させてお考えになっていた方針なので、今までこの若宮を親王にもなさらなかったのだが、高麗の人相見は本当にすぐれていたとお思い合わせになって、後ろ盾のない無品の親王として不安定な身の上にはさせまい、自分の治世もいつまで続くかわからないのだから、臣下として朝廷のご後見をするのが、将来も頼もしいことだとお決めになって、いよいよさまざまな学問を学ばせなさる。

格別に賢くて、臣下にするのはまことに惜しいけれども、親王になられたら、きっと世間の疑いを受けておしまいになりそうなので、宿曜道のすぐれた人に占わせなさっても、同じように申し上げるので、源氏にしようとお決めになった。

意訳

帝は若宮を東宮に立てたいと願いながら、それを口にも顔にも出さない。後ろ盾のない皇子を東宮にすれば、右大臣家の反発を招き、若宮自身の命さえ危うくなりかねないからである。愛情だけでは政治は動かせないことを、帝は更衣の死から学んでいる。

高麗の相人の予言は、若宮が帝になれば国が乱れ、臣下で終わるとも思えない、という謎めいたものだった。帝はこれを受けて、若宮を親王にせず、臣下として源氏の姓を与える。皇位継承の争いから若宮を守るための、苦しい決断である。しかし予言は物語全体の伏線となり、光源氏はやがて臣下でありながら准太上天皇という、帝に準じる地位にのぼることになる。

語釈・文法注

ゆゝしう
不吉なほどに。あまりにすぐれているものは早死にすると考えられ、その美しさをかえって恐れた。
ひきこす
順番を飛び越す。ここでは、第一皇子を越えて若宮を東宮に立てること。
うけひく
承知する、納得する。
心おちゐる
気持ちが落ち着く、安心する。
ふみはじめ
読書始(ふみはじめ)。皇子などが初めて漢籍の講義を受ける儀式。
ものゝふ
武士、武人。
なまめかしう
優美に、上品に。形容詞「なまめかし」の連用形のウ音便。
恥しげ
こちらが恥ずかしくなるほど立派な様子。
學問
平安時代の貴族の学問は、主に漢籍(中国の書物)を学ぶこと。
雲居
空。転じて宮中。
うたて
いやに、嫌みに。
高麗うど
高麗人(こまうど)。ここでは朝鮮半島北部の渤海国の使節を指すと考えられる。
相人(そうにん)
人相見。顔や体つきから、人の運命を占う人。
宇多の帝のおほん誡
宇多天皇が譲位の際に醍醐天皇に与えた『寛平御遺誡』。外国人を宮中に入れる場合は御簾越しに会うよう戒めている。
鴻臚館(こうろかん)
外国の使節をもてなし、宿泊させた施設。平安京では朱雀大路の東西にあった。
右大辨
太政官の右弁官局の長官。学問にすぐれた人が任じられることが多かった。
國の親
天皇のこと。民の父母として国を治める人。
おほやけのかため
朝廷の守り、柱石。天皇を補佐して政治を行う重臣。
ざえ
才。主に漢学の学識。
春宮のおほぢおとゞ
東宮(第一皇子)の祖父の大臣。弘徽殿の女御の父の右大臣。
やまとさう
日本の人相見。また、その占い。帝はすでに日本の人相見にも見させていた。
みこ
ここでは親王。天皇の子でも、親王宣下を受けなければ親王にはならない。
無品親王
品位(ほんい)を持たない親王。親王には一品から四品の位があり、無品は位のない親王で、経済的にも不安定だった。
外戚(げしゃく)
母方の親族。ここでは後ろ盾となる母方の実家。
たゞびと
臣下、普通の人。皇族でない人。
あたらし
惜しい、もったいない。「新し」とは別の語。
すくえう
宿曜(すくよう)。星の運行で人の運命を占う術。
源氏
皇族が臣籍に下るときに与えられた姓の一つ。嵯峨天皇の皇子たちに与えられたのが始まり。若宮が「源氏の君」「光源氏」と呼ばれるのはこのため。

文法

打消推量の助動詞「じ」(え憎み給はじ・たゞよはさじ)
「…ないだろう」「…まい」。「え憎み給はじ」は不可能の推量で「憎むことはおできにならないだろう」。「たゞよはさじ」は打消の意志で「不安定な身の上にはさせまい」。
「な…ば」(みことなり給ひなば)
完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」+接続助詞「ば」で仮定条件。「親王におなりになったならば」。
推量の助動詞「む」の連体形(亂れ憂ふる事やあらむ)
係助詞「や」を受けて、推量の「む」が連体形で結ばれている。「…ことがあるだろうか」。

解説

「源氏」は、皇族が臣下に下る(臣籍降下)ときに与えられた姓で、嵯峨天皇の時代に始まった。実在の人物では、醍醐天皇の皇子で左大臣になった源高明(みなもとのたかあきら)が、光源氏のモデルの一人とされる。高明は学問にすぐれ、のちに安和の変で失脚して大宰府に流された。

高麗の相人の予言「帝王の位にのぼるべき相があるが、そうなると国が乱れる。臣下として天下を補佐する相かといえば、それも違う」は、光源氏の生涯を予告する謎である。のちに源氏は准太上天皇となり、予言は思いがけない形で実現する。日本の人相見(やまとさう)、宿曜道の占いとあわせて三つの占いが同じ結果を示すのは、物語の重要な場面で好まれる構成である。

宇多天皇の『寛平御遺誡』は、実在の文書である。物語は「いづれの御時にか」と時代をぼかしながら、宇多の帝を過去の天皇として名前で示している。ここから、桐壺帝の時代は醍醐天皇の頃に当たると考えられてきた。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、10–12頁(コマ7–8)。国立国会図書館デジタルコレクション
校合
塚本哲三編『源氏物語』1(有朋堂文庫) 有朋堂書店、昭和7年(1932)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日