源氏物語 第1帖 桐壺(4)
宮城野の露
野分の吹く秋の夕べ、帝は靫負命婦を更衣の母のもとへ遣わす。荒れた邸で、母君は娘を宮仕えに出した経緯と悲しみを語り、命婦は帝の嘆きを伝える。母君は形見の装束を託して命婦を帰す。

- 1だちだちだちててて俄俄にはかかかにににはだはだはだ寒寒さむききき夕暮夕暮ゆうぐれののの程程ほど、、、常常つねよりよりよりももも覺覺おぼししし出出いづるづるずる事事こと多多おおくくくてててののの命婦命婦みょうぶととといふいふいうををを遣遣つかわすすす。。。
- 2夕夕ゆうづくづくずくのののをかしきをかしきおかしき程程ほどににに出出いだししし立立たてててさせさせさせたまうたまうたもうててて、、、やがてやがてやがて詠詠ながおはしますおはしますおわします。。。
- 3かうやうかうやうこうようののの折折おりははは御御おん遊遊あそびなどなどなどせせせさせさせさせたまひたまひたまいしししににに、、、こゝろこゝろこころ異異ことなるなるなるゝゝの音音ねををを搔搔かききき鳴鳴ならしらしらし、、、はかなくはかなくはかなく聞聞きこえええ出出いづるづるずる言言ことののの葉葉はももも人人ひとよりよりよりははは異異ことなりなりなりしししけはひけはひけわいかたちかたちかたちののの、、、面影面影おもかげにににつとつとつとそひそひそいててておぼさるゝおぼさるゝおぼさるるももも、、、
- 4やみやみやみのののにはにはには猶猶なお劣劣おとりりりけりけりけり。。。
- 5命婦命婦みょうぶ彼處彼處かしこにににまかでまかでまかで着着つきききててて門門かどひきひきひき入入いるゝるゝるるよりよりよりけはひけはひけわい哀哀あわれなりなりなり。。。
- 6なれなれなれどどど、、、人人ひと一人一人ひとりのののおほんおほんおおんかしづきかしづきかしずきにににとかくとかくとかく繕繕つくろひひい立立たてゝてゝてて、、、めやすきめやすきめやすき程程ほどにてにてにてすぐしすぐしすぐしたまへたまへたまえるるるををを、、、
- 7闇闇やみにににくれくれくれてててふしふしふし沈沈しずみみみたまへたまへたまえるるる程程ほどににに草草くさももも高高たかくくくなりなりなり野分野分のわきにににいとゞいとゞいとど荒荒あれれれたるたるたる心地心地ここちしししててて月月つきかげかげかげばかりばかりばかりぞぞぞにもにもにも障障さわらずらずらずさしさしさし入入いりりりたるたるたる。。。
- 8南南みなみにににおろしおろしおろしててて、、、母君母君ははぎみもももえええものものものももものたまはのたまはのたまわずずず。。。
- 9「「「今今いままでまでまでとまりとまりとまり侍侍はべるるるがががいといといと憂憂うきききををを、、、かゝるかゝるかかる御御おん使使つかいののののののつゆつゆつゆ分分わけけけ入入いりりりたまふたまふたまうにににつけつけつけてててももも恥恥はずかしうしうしゅうなむなむなん」」」とととててて實實げにににえええ堪堪たふふうまじくまじくまじく泣泣ないいい給給たまふふう。。。
- 10「「「參參まいりりりてててはははいとゞいとゞいとど心苦心苦こころぐるしうしうしゅう心心こころゝゝも盡盡つくるくるくるやうやうようににになむなむなんととと內侍內侍ないしのののののの奏奏そうししし給給たまひひいしししををを、、、
- 11ものものもの思思おもひひいたまへたまへたまえ知知しらぬらぬらぬ心地心地ここちにもにもにも實實げにににこそこそこそいといといと忍忍しのびびび難難がとううう侍侍はべりりりけれけれけれ」」」とととてててやゝやゝややててて仰事仰事おおせごと傳傳つたへへえ聞聞きこゆゆゆ。。。
- 12「「「暫暫しばしししははは夢夢ゆめかかかとととのみのみのみれれれしししををを、、、やうやうやうやうようよう思思おもひひい靜靜しずまるまるまるにににしもしもしもべきべきべき方方かたなくなくなく堪堪たへへえ難難がたきききはははいかにいかにいかにすすすべきべきべきわざわざわざにににかかかともともとも問問とひひい合合あわすすすべきべきべき人人ひとだにだにだになきなきなきををを、、、
- 13忍忍しのびびびてててははは參參まいりりり給給たまひひいなむなむなんややや、、、若宮若宮わかみやのののいといといとおぼつかなくおぼつかなくおぼつかなく露露つゆけきけきけき中中なかにににすぐしすぐしすぐしたまふたまふたまうももも心苦心苦こころぐるしうしうしゅう覺覺おぼさるゝさるゝさるるををを、、、疾疾とくくく參參まいりりり給給たまへへえなどなどなど、、、
- 14はかばかしうはかばかしうはかばかしゅうももものたまはせのたまはせのたまわせやらやらやらずずず、、、せせせたまひたまひたまいつゝつゝつつ、、、かつかつかつははは人人ひとももも心心こころ弱弱よわくくく見見み奉奉たてまつるるるらむらむらんととと覺覺おぼしししぬぬぬにににしもしもしもあらあらあらぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきののの心苦心苦こころぐるしさしさしさににに、、、
- 15承承うけたまわりりりももも果果はてててぬぬぬやうやうようにてにてにてなむなむなんまかでまかでまかで侍侍はべりりりぬるぬるぬる」」」とととててて御御おん文文ふみ奉奉たてまつるるる。。。
- 16「「「目目めももも見見みえええ侍侍はべらららぬぬぬににに、、、かくかくかく畏畏かしこききき仰事仰事おおせごとををを光光ひかりにてにてにてなむなむなん」」」とととててて見見みたまふたまふたまう。。。
- 17「「「程程ほど經經へばばばすこしすこしすこし打打うちちち紛紛まぎるゝるゝるることことこともももやややととと待待まちちちすぐすすぐすすぐす月日月日つきひににに添添そへへえててていといといと忍忍しのびびび難難がたきききはははわりなきわりなきわりなきわざわざわざににになむなむなん。。。
- 18人人ひとももも如何如何いかにににととと思思おもひひいやりやりやりつゝつゝつつ、、、諸共諸共もろともにににはぐゝまはぐゝまはぐくまぬぬぬおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさををを今今いまははは猶猶なお昔昔むかしののの形見形見かたみにににてててものしものしものしたまへたまへたまえ」」」などなどなど、、、こまやかこまやかこまやかににに書書かかかかせせせたまへたまへたまえりりり。。。
- 19「「「ののの露露つゆふきふきふきむすぶむすぶむすぶ風風かぜののの音音おとにににがががもともともとををを思思おもひひいこそこそこそやれやれやれ」」」とととあれあれあれどどど、、、えええ見見みたまひたまひたまいはてはてはてずずず。。。和歌
- 20「「「命命いのち長長ながさささのののいといといとつらうつらうつろう思思おもうううたまへたまへたまえしらしらしらるゝるゝるるにににののの思思おもははわむむんことことことだにだにだにはづかしうはづかしうはずかしゅう思思おもひひいたまへたまへたまえ侍侍はべれれればばば、、、ににに行行ゆきききかひかひかい侍侍はべらららむむん事事ことはははましてましてましていといといと憚憚はばかり多多おおくくくなむなむなん。。。
- 21畏畏かしこききき仰事仰事おおせごとををを度々度々たびたび承承うけたまわりりりながらながらながらみづからみづからみずからはははえええなむなむなん思思おもひひいたまへたまへたまえたつたつたつまじきまじきまじき。。。
- 22若宮若宮わかみやはははいかにいかにいかにおもほしおもほしおもおししるしるしるにににかかか、、、參參まいりりり給給たまははわむむん事事ことをををのみのみのみなむなむなんおぼしおぼしおぼし急急いそぐぐぐめれめれめればばば、、、ことわりことわりことわりににに悲悲かなしうしうしゅう見見み奉奉たてまつりりり侍侍はべるるるなどなどなど、、、うちうちうちうちうちうちににに思思おもひひいたまへたまへたまえるるるさまさまさまををを奏奏そうしししたまへたまへたまえ。。。
- 23身身みににに侍侍はべれれればばば、、、かくかくかくててて坐坐おわしますしますしますももも辱辱かたじけなくくく」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。
- 24宮宮みやははは大殿籠大殿籠おおとのごもりりりにににけりけりけり。。。
- 25「「「見見み奉奉たてまつりりりててて委委くわしくしくしく御御おん有樣有樣ありさまももも奏奏そうししし侍侍はべらららまほしきまほしきまほしきををを、、、待待まちちちおはしますおはしますおわしますらむらむらんををを、、、夜夜よ更更ふけけけ侍侍はべりりりぬぬぬべしべしべし」」」とととててて急急いそぐぐぐ。。。
- 26「「「暮暮くれれれ惑惑まどふふう心心こころのののももも堪堪たへへえ難難がたきききかたはしかたはしかたはしをををだにだにだにばかりばかりばかりににに聞聞きこえええまほしうまほしうまほしゅう侍侍はべるるるをををわたくしわたくしわたくしにもにもにも心心こころのどかのどかのどかにににまかでまかでまかでたまへたまへたまえ。。。
- 27年年としごろごろごろ嬉嬉うれしくしくしくついでついでついでにににのみのみのみ立立たちちち寄寄よりりりたまひたまひたまいしししものものものををを、、、かゝるかゝるかかるおほんおほんおおんにてにてにて見見み奉奉たてまつるるる、、、かへすがへすかへすがへすかえすがえすつれなきつれなきつれなき命命いのちにもにもにも侍侍はべるるるかなかなかな。。。
- 28生生うまれれれししし時時ときよりよりより思思おもふふう心心こころありありありししし人人ひとにてにてにて、、、故故こ大納言大納言だいなごんとととなるなるなるまでまでまで、、、たゞたゞただこのこのこの人人ひとののの宮仕宮仕みやずかえののの必必かならず遂遂とげげげさせさせさせ奉奉たてまつれれれ、、、我我われなくなくなくなりなりなりぬぬぬとととててて口惜口惜くちおしうしうしゅう思思おもひひいくづほるくづほるくずおるととと、、、返返かえすすす返返がえすすす諫諫いさめめめ置置おかかかれれれ侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、
- 29はかばかしうはかばかしうはかばかしゅう後見後見うしろみ思思おもふふう人人ひとなきなきなき交交まじらひらひらいはははなかなかなかなかなかなかなるなるなるべきべきべき事事ことととと思思おもうううたまへたまへたまえながらながらながら、、、たゞたゞただかのかのかの遺言遺言ゆいごんををを違違たがへへえじじじとととばかりばかりばかりににに出出いだしししたてたてたて侍侍はべりりりしししををを、、、
- 30身身みににに餘餘あまるるるまでまでまでののの御御おん志志こころざしののの萬萬よろずににに辱辱かたじけなきききににに、、、人人ひと恥恥はじをををかくしかくしかくしつゝつゝつつ交交まじらひらひらい給給たまふふうめりめりめりつるつるつるををを、、、人人ひとのののそねみそねみそねみ深深ふかくくく積積つもりりり安安やすからからからぬぬぬ事事こと多多おおくくくなりなりなり添添そひひい侍侍はべるるるににに、、、
- 31橫橫よこなるなるなるやうやうようにてにてにて終終ついにににかくかくかくなりなりなり侍侍はべりりりぬれぬれぬればばば、、、却却かえりてりてりてはははつらくつらくつらくなむなむなん畏畏かしこききき御御おん志志こころざしををを思思おもううう給給たまへへえられられられ侍侍はべるるる。。。
- 32これこれこれもももわりなきわりなきわりなき心心こころののの闇闇やみににになむなむなん」」」ととといひいひいいもももやらやらやらずずずむせかへりむせかへりむせかえりたまふたまふたまう程程ほどににに夜夜よももも更更ふけけけぬぬぬ。。。
- 33「「「うへうへうえももも然然しかなむなむなん、、、我我わががが御心御心みこころながらながらながらあながちあながちあながちににに人目人目ひとめ驚驚おどろくくくばかりばかりばかりおぼさおぼさおぼされれれしもしもしも、、、長長ながかるかるかるまじきまじきまじきなりなりなりけりけりけりととと、、、今今いまはははつらかりつらかりつらかりけるけるける人人ひとののの契契ちぎりににになむなむなん、、、
- 34世世よにににいさゝかいさゝかいささかももも人人ひとののの心心こころをををまげまげまげたるたるたる事事ことはははあらあらあらじじじととと思思おもふふうををを、、、たゞたゞただこのこのこの人人ひとゆゑゆゑゆえにてにてにて、、、あまたあまたあまたさるまじきさるまじきさるまじき人人ひとののの恨恨うらみををを負負おひひいしししはてはてはてはてはてはてはははかうかうこううちうちうち捨捨すてててられられられててて、、、心心こころ治治おさめめめむむん方方かたなきなきなきににに、、、
- 35いとゞいとゞいとど人人ひとわろくわろくわろくににになりなりなりはつるはつるはつるもももさきさきさきののの世世よなむなむなんととと、、、うちうちうち返返かへしししつゝつゝつつおほんおほんおおんがちがちがちにににのみのみのみおはしますおはしますおわします」」」ととと語語かたりりりてててつきせつきせつきせずずず、、、
- 36なくなくなくなくなくなく夜夜よいたういたういとう更更ふけけけぬれぬれぬればばば「「「今宵今宵こよいすぐさすぐさすぐさずずず御御おんかへりかへりかえり奏奏そうせせせむむん」」」ととと急急いそぎぎぎ參參まいるるる。。。
- 37月月つきははは入方入方いりがたののの空空そら淸淸きよううう澄澄すみみみ渡渡わたれれれるるるににに、、、風風かぜいといといと涼涼すずしくしくしく吹吹ふきききててて叢叢くさむらののの蟲蟲むしののの聲々聲々こえごえ催催もよおしししがほがほがおなるなるなるももも、、、いといといと立立たちちち離離はなれれれにくきにくきにくき草草くさのののもともともとなりなりなり。。。
- 38「「「鈴蟲鈴蟲すずむしのののこゑこゑこえのののかぎりかぎりかぎりをををつくしつくしつくしてててももも長長ながききき夜夜よあかあかあかずずずふるふるふる淚淚なみだかなかなかな」」」えええももも乘乘のりりりやらやらやらずずず。。。和歌
- 39「「「いとゞしくいとゞしくいとどしく蟲蟲むしののの音音ねしげきしげきしげきににに露露つゆおきおきおきそふるそふるそうる雲雲くもののの。。。ももも聞聞きこえええつつつべくべくべくなむなむなん」」」ととといはいはいわせせせ給給たまふふう。。。和歌
- 40をかしきをかしきおかしき御御おん贈物贈物おくりものなどなどなどあるあるあるべきべきべき折折おりにもにもにもあらあらあらねねねばばば、、、たゞたゞただかのかのかの御御おん形見形見かたみにににとととてててかゝるかゝるかかるやうやうようもももやややととと殘殘のこしししおきおきおきたまへたまへたまえりりりけるけるける御御おんひとひとひとくだりくだりくだり、、、ののの調度調度ちょうどめくめくめく物物もの添添そへへえたまふたまふたまう。。。
- 41若若わかききき人々人々ひとびと、、、悲悲かなしきしきしき事事ことははは更更さらにににもももいはいはいわずずず、、、うちうちうちわたりわたりわたりををを朝夕朝夕あさゆうにににならひならひならいててていといといと、、、うへうへうえののの御御おん有樣有樣ありさまなどなどなど思思おもひひい出出いででで聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、疾疾とくくく參參まいりりりたまはたまはたまわむむんことことことをををそゝのかしそゝのかしそそのかし聞聞きこゆれゆれゆれどどど、、、
- 42かくかくかくいまいましきいまいましきいまいましき身身みののの添添そひひい奉奉たてまつらららむむんもももいといといと人人ひとぎゝぎゝぎき憂憂うかるかるかるべしべしべし。。。
- 43又又また見見み奉奉たてまつらららでででしばししばししばしもももあらあらあらむむんははは、、、いといといと後後うしろ思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、もももえええ參參まいらせらせらせ奉奉たてまつりりりたまはたまはたまわぬぬぬなりなりなりけりけりけり。。。
現代語訳
野分めいた風が吹いて、急に肌寒くなった夕暮れ時、帝はいつもより思い出されることが多くて、靫負命婦という女房を更衣の里へ遣わす。夕月夜の美しい時刻に送り出しなさって、そのまま物思いにふけっていらっしゃる。このような折には管弦の遊びなどをなさったものだが、更衣が格別な音色で琴をかき鳴らし、ちょっと口にする言葉も人とは違っていた、その様子や姿が面影としてぴったり寄り添っているように思われる。けれども、それも闇の中で確かに逢った現実には、やはり及ばないのであった。
命婦が更衣の家に着いて、門に車を引き入れるとすぐに、あたりの気配がしみじみと哀れである。夫を亡くした暮らしではあったが、娘ひとりを大切に育てるために何かと手入れをして、見苦しくないように暮らしていらっしゃったのに、娘を失った悲しみに沈んで臥しておられるうちに、草も高く茂り、野分のためにいっそう荒れた感じがして、月の光だけが、生い茂る葎にもさえぎられずに差し込んでいる。
南向きの部屋に命婦を招き入れて、母君もすぐには何もおっしゃれない。「今まで生き長らえておりますのがとてもつらいのに、このように帝のお使いが、草深い露を分けて訪ねてくださるにつけても恥ずかしくて」と言って、本当にこらえきれないほどにお泣きになる。
命婦は「『こちらに伺うと、ますますお気の毒で、魂も消えてしまいそうでした』と典侍が帝に申し上げていましたが、物の情けを解さない私の心にも、本当にこらえがたいことでございます」と言って、少し心を落ち着けてから、帝のお言葉をお伝えする。
「『しばらくは夢かとばかり思い迷っていたが、だんだん気持ちが静まるにつれて、かえって覚めることもなく耐えがたいのを、どうしたらよいのかと相談できる人さえいない。人目につかぬよう参内してくださらないか。若宮がたいそう気がかりで、涙がちな家で過ごしておられるのもかわいそうに思われるので、早く参内なさい』などと、はっきりとはおっしゃりきれず、むせび泣きなさりながら、一方では、人が心弱いと見るだろうかと遠慮なさらないわけでもないご様子がおいたわしくて、お言葉を最後までうかがわないようにして退出してまいりました」と言って、帝のお手紙を差し上げる。
「涙で目も見えませんが、このようにおそれ多いお言葉を光として拝見いたします」と言って母君はご覧になる。「時がたてば少しは気持ちがまぎれることもあろうかと待ちながら過ごす月日につれて、いよいよ忍びがたいのはどうしようもないことです。幼い人もどうしているかと思いやりながら、ともに育てられない気がかりを、今はやはり亡き人の形見と思って、こちらへ来させてください」などと、こまやかにお書きになっている。
「宮中の野に吹く風が露を結ぶ音を聞くにつけても、小萩のような若宮の身の上を思いやることだ」とあるけれど、母君は最後まで読み通すこともおできにならない。
「長生きしているのがとてもつらいと思い知られますのに、長寿の松がどう思うかさえ恥ずかしく存じますので、宮中に出入りいたしますことは、なおさらたいそう気がひけます。おそれ多いお言葉をたびたびいただきながら、私自身は、とても参内する決心がつきそうにありません。若宮は、どのようにお分かりになっているのか、参内なさることばかりお急ぎのようですので、もっともなことと悲しく拝見しております、などと、内々に思っておりますことを帝に申し上げてください。不吉な身でございますので、若宮がこうしてここにおいでになるのも、縁起でもなくもったいないことで」などとおっしゃる。若宮はもうお休みになっていた。
「若宮を拝見して、詳しくご様子も帝に申し上げたいのですが、帝がお待ちでいらっしゃるでしょうから。夜も更けてしまいそうです」と言って、命婦は急ぐ。
「子を思う親の心の闇で、暮れ惑っております、耐えがたい思いのほんの一端だけでも、晴らすほどにお話し申し上げたいので、私用でもゆっくりおいでください。この数年は、うれしく晴れがましい折にばかりお立ち寄りくださいましたのに、このようなお悔やみのお使いとしてお目にかかるとは、かえすがえすも、つれない命でございます。あの子は生まれた時から望みをかけていた子で、亡き大納言は臨終の時まで『ただこの子の宮仕えの本望を必ず遂げさせてあげなさい。私が亡くなったからといって、落胆して志をくじいてはならない』と、くり返し戒めておかれましたので、しっかりした後見人もいない宮仕えは、かえってしないほうがよいと存じながらも、ただあの遺言にそむくまいと思うばかりに、出仕させましたところ、身に余るほどのご寵愛が何ごとにつけてももったいなく、人並みでない恥をかくしながら宮仕えを続けていたようですのに、人のねたみが深く積もり、心安らかでないことが多く重なりまして、横死のようなかたちで、とうとうこうなってしまいましたので、かえってつらいことと、おそれ多いご寵愛を思わずにはいられません。これも、親としての理屈に合わない心の闇でございます」と、最後まで言い切れずにむせび泣きなさるうちに、夜も更けてしまった。
「帝もそのように仰せです。『自分の心ながら、無理に人が驚くほどに思いつめていたのも、長く続くはずのない縁だったからなのだ。今となってはつらい宿縁であった。決して人の心を傷つけたことはあるまいと思うのに、ただこの人のために、恨まれるはずのない多くの人の恨みを負った末に、こうして先立たれて、心の静めようもなく、いっそう体裁も悪く、頑なになってしまうのも、前世の因縁が知りたい』と、くり返しおっしゃっては、涙がちでばかりいらっしゃいます」と話は尽きない。
泣く泣く、夜もひどく更けたので、「今夜のうちにご返事を帝に申し上げましょう」と、命婦は急いで帰参する。月は沈みかけていて、空が清らかに澄みわたり、風がたいそう涼しく吹いて、草むらの虫の声々が涙を誘うように聞こえるのも、たいそう立ち去りがたい草深い宿である。
「鈴虫が声の限りを尽くして鳴くように、私も声の限り泣いても、長い秋の夜を通して、尽きることなく涙が降ることだ」。命婦は車に乗りきれない。
母君は「ただでさえ虫の音のしげく聞こえる、この荒れた宿に、さらに涙の露を置き添える宮中のお方よ。恨み言も申し上げてしまいそうです」と、女房に言わせなさる。
風情のある贈り物などをするような折でもないので、ただ亡き人の形見にと、このような時のためにと残しておかれた装束一揃いに、髪上げの道具らしい品を添えてお贈りになる。
若い女房たちは、悲しいことは言うまでもなく、宮中での暮らしに朝夕なじんでいたので、ここはたいそうもの寂しく、帝のご様子などを思い出し申し上げるので、早く若宮を参内させるよう母君にお勧めするけれども、母君は、このような不吉な身が付き添い申し上げるのも、世間の聞こえがよくないだろう、また、若宮を見申し上げずにしばらくでも過ごすのは、たいそう気がかりだとお思いになって、すんなりとは参内させ申し上げなさらないのであった。
意訳
この場面は、更衣を失った帝と母君の悲しみを、命婦という使いを通して向かい合わせている。帝の手紙は若宮の参内を求め、母君は娘を死なせた宮中へ孫を渡すことをためらう。どちらも若宮を思う気持ちは同じだが、立場の違いがすれ違いを生んでいる。
母君の語りから、更衣の入内が亡き父大納言の遺志であったことがわかる。後ろ盾がないまま宮仕えに出れば苦労することは承知の上で、一家の望みを託したのである。母君が帝の寵愛を「かへりてはつらく」と言うのは、ありがたさと恨めしさが入りまじった、親としての本音である。
荒れた邸、月の光、虫の声、露と涙。秋の景物を重ねて悲しみを描く手法は、和歌の世界そのものである。この場面は「野分の段」とも呼ばれ、源氏物語の中でもとくに名文として知られてきた。
語釈・文法注
- 野分(のわき)
- 秋に吹く強い風。台風。野の草を吹き分けることからいう。「野分だつ」で野分めいた風が吹く。
- ゆげひの命婦
- 靫負命婦(ゆげいのみょうぶ)。命婦は五位以上の女官、または中級の女房の呼び名。「靫負」は父や夫が衛門府(靫負司)の官人であることによる呼び名。
- 夕づく夜
- 夕方に出ている月。また、月の出ている夕方。
- 詠む(ながむ)
- 物思いにふけりながら、ぼんやりと外を眺める。
- ものゝ音
- 楽器の音色。ここでは更衣が弾いた琴など。
- やみのうつゝ
- 『古今和歌集』の「むばたまの闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり」を踏まえる。闇の中で確かに逢った現実は、はっきりした夢にさほど劣らない、という歌を逆に用い、面影は現実にはやはり及ばない、と言う。
- やもめずみ
- 夫を亡くした女性の暮らし。
- 八重葎(やえむぐら)
- 幾重にも生い茂ったつる草。荒れた家の象徴として和歌によく使われる。
- 南おもて
- 寝殿の南向きの部屋。客を迎える正式な場所。
- とみに
- (打消を伴って)すぐには。
- 蓬生(よもぎう)
- 蓬などが生い茂った荒れた所。自分の住まいをへりくだっていう。
- 心ぎも
- 心と肝。魂。「心ぎもも尽くる」で、魂も消え入るほどだ。
- 內侍のすけ
- 典侍(ないしのすけ)。内侍司の次官で、帝のそば近くに仕える女官。先に更衣の里を見舞った人。
- ためらふ
- 気持ちを静める、落ち着かせる。
- たどる
- 迷う、思い迷う。
- さむべき方なく
- 「覚む(さむ)」べき方なく。夢なら覚めることもあるが、覚めようもない。
- むせかへる
- ひどくむせぶ。涙で息がつまるほど泣く。
- つゝむ
- 遠慮する、人目をはばかる。
- いはけなし
- 幼い、あどけない。
- なずらふ
- 比べる、なぞらえる。「形見になずらへて」で、形見と思って。
- 宮城野
- 陸奥国(今の宮城県)の野。萩の名所として知られる歌枕。ここでは「宮」から宮中を連想させる。
- 小萩
- 萩の若い枝。ここでは幼い若宮をたとえる。
- 松の思はむこと
- 「いかでなほありと知らせじ高砂の松の思はむこともはづかし」(『古今和歌六帖』)を踏まえる。長寿の松にも恥ずかしいほど、長生きしてしまった、の意。
- 百敷(ももしき)
- 宮中。「百敷の」は「大宮」の枕詞から転じて宮中そのものを指す。
- ゆゝし
- 不吉だ、忌まわしい。喪中の身を言う。
- いまいましう
- 縁起が悪く、はばかられる。形容詞「いまいまし」の連用形のウ音便。
- 心の闇
- 子を思うあまり分別を失う親心。「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(藤原兼輔・『後撰和歌集』)による。兼輔は紫式部の曾祖父。
- はるく
- 晴らす。心の闇を晴らす。
- おもだゝし
- 晴れがましい、名誉だ。
- せうそこ
- 消息(しょうそこ)。手紙、便り。ここでは帝からの弔問の使い。
- いまは
- 今はの際。臨終。
- ほい
- 本意。かねてからの願い、本望。
- 思ひくづほる
- 気落ちしてくじける。「くづほるな」の「な」で禁止を表す。
- 人げなし
- 人並みに扱われない、一人前でない。
- 橫さまなる
- 道理に外れた、普通でない。ここでは非業の死、横死。
- かたくな
- 見苦しいほどに一途なさま、体裁が悪いさま。
- ゆかしう
- 知りたい、見たい。前世でどんな因縁があったのか知りたい、の意。
- しほたる
- 潮水にぬれてしずくが垂れる。転じて、涙にぬれる。
- 淺茅生(あさじう)
- 丈の低い茅(ちがや)が生えている所。荒れた庭を表す。
- 雲の上人
- 宮中に仕える人。殿上人。ここでは使いの命婦を指す。
- かごと
- 恨み言、ぐち。
- さうぞく
- 装束。ここでは更衣の衣装。
- みくしあげ
- 御髪上げ。女性が髪を結い上げる道具。櫛など。
- さうざうし
- もの足りなく寂しい。
- 後めたう
- 気がかりで、心配で。形容詞「うしろめたし」の連用形のウ音便。
- すがすがと
- すらすらと、思い切りよく。
文法
- 謙譲の補助動詞「たまふ」(下二段)
- 「思ひたまへ知らぬ」「思うたまへながら」などの「たまふ」は下二段活用で、自分の動作をへりくだる謙譲の補助動詞(「…ております」「存じます」)。尊敬の「たまふ」(四段)と区別する。会話文や手紙で、話し手自身の「思ふ」「見る」「聞く」などにつく。
- 婉曲・推量の助動詞「む」「らむ」
- 「待ちおはしますらむを」は、目の前にない帝の様子を推量する現在推量の「らむ」。「參り給はむ事」の「む」は婉曲で、「…ようなこと」。
- 係り結びの流れ(なむ…侍れば)
- 「心ぎもゝ盡くるやうになむ」「恥しうなむ」のように、「なむ」で言いさして結びの語(「侍る」など)を省くのは、会話文で余韻を残す言い方。
和歌
宮城野の露ふきむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
- 詠者
- 桐壺帝
- 状況
- 命婦に託した、更衣の母あての手紙に書かれた歌。宮中(宮城野)に吹く風の音を聞くにつけ、母のない若宮(小萩)を思いやる。
修辞
- 見立て
- 「宮城野」に宮中を、「小萩」に若宮を、「露ふきむすぶ風」に悲しみや涙を重ねる。宮城野は萩の名所として知られた歌枕。
鈴蟲のこゑのかぎりをつくしても長き夜あかずふる淚かな
- 詠者
- 靫負命婦
- 状況
- 帰り際、車に乗りかねながら命婦が詠んだ歌。鈴虫が声の限り鳴いても明けない長い秋の夜のように、尽きない涙が降ることだ。
修辞
- 掛詞
- 「ふる」に、涙が「降る」と、時が「経る」を重ねる。「あかず」には、夜が「明けない」と「飽きない(尽きない)」の意が重なる。
いとゞしく蟲の音しげき淺茅生に露おきそふる雲の上人
- 詠者
- 更衣の母
- 状況
- 命婦への返歌。虫の音がしきりに聞こえる荒れた庭に、宮中からの使い(雲の上人)がさらに涙の露を置き添えることだ。
修辞
- 縁語
- 「浅茅生」「露」「虫の音」が秋の荒れた庭の景を作り、「露」に涙を重ねる。
- 雲の上人
- 宮中の人。ここでは命婦。
解説
靫負命婦が更衣の母を訪ねるこの場面は、古くから「野分の段」と呼ばれ、桐壺巻の中でも特に名文とされる。荒れた邸と秋の夜の景色、虫の声と涙を重ねる描写は、和歌の手法を散文に取り入れたものである。
母君の言葉「心の闇」は、紫式部の曾祖父である藤原兼輔の歌「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」による。この歌は源氏物語の中で何度も引用され、親が子を思う心を表す言葉として使われている。
更衣の入内が父大納言の遺言によるものだったことは、ここで初めて明かされる。大納言家にとって、娘の入内は家運をかけた事業であった。のちに明石の入道が娘の明石の君に同じように望みをかけることと、重ね合わせて読むこともできる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、5–8頁(コマ4–6)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 塚本哲三編『源氏物語』1(有朋堂文庫) 有朋堂書店、昭和7年(1932)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日