源氏物語 第1帖 桐壺(3)
限りとて
若宮が三歳の夏、更衣は重い病にかかり、宮中を退出したその夜に亡くなる。帝は別れの歌を交わした更衣を失って悲しみに沈み、更衣には三位の位が贈られる。

- 1そのそのその年年としののの夏夏なつはかなきはかなきはかなき心地心地ここちににに煩煩わずらひひいててて、、、なむなむなんとととしししたまふたまふたまうををを、、、暇暇いとま更更さらににに許許ゆるさせさせさせたまはたまはたまわずずず。。。
- 2年年としごろごろごろ常常つねのののににになりなりなりたまへたまへたまえれれればばば御御おん目目め馴馴なれれれててて「「「猶猶なお暫暫しばししし試試こころみよみよみよ」」」とととのみのみのみのたまはするのたまはするのたまわするににに日々日々ひびににに重重おもりりり給給たまひひいててて
- 3たゞたゞただ五六日五六日いつかむいかののの程程ほどにににいといといと弱弱よおうううなれなれなればばば母君母君ははぎみなくなくなくなくなくなくしししてててまかでまかでまかでさせさせさせ奉奉たてまつりりりたまふたまふたまう。。。
- 4かゝるかゝるかかる折折おりにもにもにも、、、あるまじきあるまじきあるまじき恥恥はじもももととと心心こころづかひづかひずかいしししててて、、、みこみこみこをばをばをば留留とどめめめ奉奉たてまつりりりててて忍忍しのびびびてててぞぞぞ出出いででで給給たまふふう。。。
- 5あれあれあればばば、、、さささのみのみのみもももえええ留留とどめめめさせさせさせたまはたまはたまわずずず、、、御覽御覽ごらんじじじだにだにだに送送おくらぬらぬらぬをををいふいふいう方方かたなくなくなく悲悲かなしししととと覺覺おぼさるさるさる。。。
- 6いといといと匂匂におひやかひやかいやかににに美美うつくしげくしげくしげなるなるなる人人ひとののの痛痛いとううう面面おも痩痩やせせせててていといといと哀哀あわれとととものものものををを思思おもひしみひしみいしみながらながらながらことにことにことに出出いでゝでゝでてももも聞聞きこえええやらやらやら
- 7ににに消消きえええ入入いりりりつゝつゝつつものものものしししたまふたまふたまうををを御覽御覽ごらんずるずるずるににに、、、
- 8きききししし行行ゆくくく末末すえおぼしめさおぼしめさおぼしめされれれずずず萬萬よろずののの事事ことをををなくなくなくなくなくなく契契ちぎりりりのたまはすれのたまはすれのたまわすれどどど、、、おほんおほんおおんもももえええ聞聞きこえええたまはたまはたまわずずず。。。
- 9などなどなどもももいといといとにてにてにていとゞいとゞいとどなよなよなよなよなよなよとととかかかののの氣色氣色けしきにてにてにて臥臥ふしししたれたれたればばば、、、いかさまにいかさまにいかさまにかかかとととおぼしめしおぼしめしおぼしめし惑惑まどはるはるわる。。。
- 10ののの宣旨宣旨せんじなどなどなどのたまはせのたまはせのたまわせてててももも又又また入入いらせらせらせ給給たまひひいてててははは更更さらにににゆるさゆるさゆるさせせせたまはたまはたまわずずず。。。
- 11「「「限限かぎりあらあらあらむむん道道みちにもにもにも後後おくれれれ先先さきととと契契ちぎらせらせらせたまひたまひたまいけるけるけるををを、、、さりともさりともさりとも打打うちちち捨捨すてゝてゝててはははえええ行行ゆきききやらやらやらじじじ」」」とととのたまはするのたまはするのたまわするををを、、、女女おんなもももいといといといみじいみじいみじととと見見み奉奉たてまつりりりててて、、、
- 12「「「かぎりかぎりかぎりとととててて別別わかるゝるゝるる道道みちののの悲悲かなしきしきしきにににいかいかいかははは命命いのちなりなりなりけりけりけり。。。和歌
- 13いといといと斯斯かく思思おもううう給給たまましかましかましか」」」ととと息息いきももも絶絶たえええつゝつゝつつ聞聞きこえええまほしげまほしげまほしげなるなるなることことことはははありありありげげげなれなれなれどどどいといといと苦苦くるしげしげしげにににたゆげたゆげたゆげなれなれなればばば、、、
- 14かくかくかくながらながらながらとてもとてもとてもかくもかくもかくもならならならむむんををを御覽御覽ごらんじじじはてはてはてむむんとととおぼしめすおぼしめすおぼしめすににに、、、今日今日きょう始始はじむむむべきべきべきいのりいのりいのりどもどもどもさるべきさるべきさるべき人々人々ひとびとうけうけうけ給給たまはれはれわれるるる「「「今宵今宵こよいよりよりより」」」ととと聞聞きこえええ急急いそがせがせがせばばば、、、わりなくわりなくわりなくおもほしおもほしおもおしながらながらながらまかでまかでまかでさせさせさせたまひたまひたまいつつつ。。。
- 15御御おん胸胸むねのみのみのみつとつとつとふたがりふたがりふたがりてててまどろままどろままどろまれれれずずず明明あかしししかねかねかねさせさせさせたまふたまふたまう。。。
- 16御御おん使使つかいののの行行ゆきかふきかふきかう程程ほどもももなきなきなきににに猶猶なおををを限限かぎりなくなくなくのたまはせのたまはせのたまわせつるつるつるををを「「「夜中夜中よなかうちうちうち過過すぐるぐるぐる程程ほどににになむなむなん絶絶たえええ果果はててて給給たまひひいぬるぬるぬる」」」とととててて泣泣なききき騷騷さわげげげばばば、、、御御おん使使つかいもももいといといとててて歸歸かえりりり參參まいりりりぬぬぬ。。。
- 17聞聞きこしめすしめすしめすおほんおほんおおん心心こころ惑惑まどひひい、、、何事何事なにごとももも覺覺おぼしめししめししめしわかわかわかれれれずずず籠籠こもりりり坐坐おわしますしますします。。。
- 18みこみこみこはははかくかくかくてててもももいといといと御覽御覽ごらんぜぜぜまほしけれまほしけれまほしけれどどど、、、かゝるかゝるかかる程程ほどにににさぶらひさぶらひさぶらいたまふたまふたまうなきなきなき事事ことなれなれなればばば、、、まかでまかでまかで給給たまひひいなむなむなんとととすすす。。。
- 19何事何事なにごとのののあらあらあらむむんともともとも思思おもほしほしおしたらたらたらずずず、、、さぶらふさぶらふさぶらう人々人々ひとびとののの泣泣なききき惑惑まどひひいうへうへうえもももおほんおほんおおん淚淚なみだののの隙隙ひまなくなくなく流流ながれれれおはしますおはしますおわしますををを怪怪あやしししととと見見み奉奉たてまつりりりたまへたまへたまえるるるををを、、、ことことことにににだにだにだにかゝるかゝるかかる別別わかれののの悲悲かなしからしからしからぬぬぬはははなきなきなきわざわざわざなるなるなるををを、、、ましてましてまして哀哀あわれににに。。。
- 20限限かぎりあれあれあればばばれいれいれいののの作法作法さほうににに奉奉たてまつるるるををを母母はは北北きたののの方方かた「「「同同おなじじじにもにもにものぼりのぼりのぼりなむなむなん」」」ととと泣泣なきききこがれこがれこがれたまひたまひたまいててて御御おん送送おくりののの女房女房にょうぼうののの車車くるまににに慕慕したひひい乘乘のりりり給給たまひひいててて
- 21ととといふいふいう所所ところにににいといといといかめしういかめしういかめしゅうそのそのその作法作法さほうしししたるたるたるににに坐坐おわしししつきつきつきたるたるたる心地心地ここちいかばかりいかばかりいかばかりかかかはははありありありけむけむけん。。。
- 22「「「空空むなしきしきしき御御おんをををみるみるみるみるみるみる猶猶なおおはするおはするおわするものものものととと思思おもふふうがががいといといとかひなけれかひなけれかいなければばば、、、灰灰はいににになりなりなり給給たまははわむむんををを見見み奉奉たてまつりりりててて今今いまははは亡亡なききき人人ひとととと思思おもひひいなりなりなりなむなむなん」」」とととのたまひのたまひのたまいつれつれつれどどど、、、
- 23車車くるまよりよりより落落おちちちぬぬぬべうべうびょう惑惑まどひひいたまへたまへたまえばばば、、、「「「さささははは思思おもひひいつつつかしかしかし」」」ととと人々人々ひとびともてもてもて煩煩わずらひひい聞聞きこゆゆゆ。。。
- 24內內うちよりよりより御御おん使使つかいありありあり、、、ののの位位くらい贈贈おくりりりたまふたまふたまうよしよしよし勅使勅使ちょくし來來きてててそのそのその讀讀よむむむなむなむなん悲悲かなしきしきしき事事ことなりなりなりけるけるける。。。
- 25女御女御にようごとととだにだにだにいはいはいわせせせずずずなりなりなりぬるぬるぬるががが飽飽あかずかずかず口惜口惜くちおしうしうしゅうおぼさるれおぼさるれおぼさるればばば今今いまひとひとひとののの位位くらいをををだにだにだにととと贈贈おくらせらせらせたまふたまふたまうなりなりなりけりけりけり。。。
- 26これこれこれにににつけつけつけてててももも憎憎にくみみみたまふたまふたまう人々人々ひとびと多多おおかりかりかり。。。
- 27ものものもの思思おもひひい知知しりりりたまふたまふたまうははは、、、さまさまさまかたちかたちかたちなどなどなどのののめでたかりめでたかりめでたかりしししことことこと心心こころのののなだらかなだらかなだらかににに憎憎にくみみみ難難がたかりかりかりしししことことことなどなどなど今今いまぞぞぞおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずる。。。
- 28さまさまさま惡惡あしきしきしきおほんおほんおおんもてなしもてなしもてなし故故ゆえこそこそこそ猜猜そねみみみたまひたまひたまいしかしかしか、、、人人ひとがらがらがらののの哀哀あわれににになさけなさけなさけありありありししし御心御心みこころをををうへうへうえののの女房女房にょうぼうなどなどなどももも戀戀こひひい忍忍しのびびびあへあへあえりりり。。。
- 29なくてなくてなくてとととははは、、、かゝるかゝるかかる折折おりにににやややととと見見みえええたりたりたり。。。
- 30はかなくはかなくはかなく日頃日頃ひごろ過過すぎぎぎててて後後のちのののなどなどなどにもにもにも細細こまかかかにににせせせたまふたまふたまう。。。
- 31程程ほど經經ふるるるまゝまゝままにににせむせむせん方方かたなうなうのう悲悲かなしうしうしゅう覺覺おぼさるゝさるゝさるるにににおほんおほんおおん方々方々かたがたののの御御おんなどなどなどももも絕絕たえええてててしししたまはたまはたまわずずずたゞたゞただ淚淚なみだにににててて明明あかししし暮暮くらさせさせさせたまへたまへたまえばばば、、、見見み奉奉たてまつるるる人人ひとさへさへさへ露露つゆ秋秋あきなりなりなり。。。
- 32「「「なきなきなきあとあとあとまでまでまで人人ひとののの胸胸むねあくあくあくまじかりまじかりまじかり人人ひとののの御御おん覺覺おぼえええかなかなかな」」」とととぞぞぞなどなどなどにはにはには猶猶なおゆるしゆるしゆるしなうなうのうのたまひのたまひのたまいけるけるける。。。
- 33一一いちののの宮宮みやををを見見み奉奉たてまつらせらせらせたまふたまふたまうにもにもにも若宮若宮わかみやのののおほんおほんおおん戀戀こいしさしさしさのみのみのみおもほしおもほしおもおし出出いでででつゝつゝつつ、、、親親したしきしきしき女房女房にょうぼう御御おんなどなどなどををを遣遣つかわしししつゝつゝつつ有樣有樣ありさまををを聞聞きこしめすしめすしめす。。。
現代語訳
その年の夏、御息所(更衣)はちょっとした病にかかって、実家へ下がろうとなさったが、帝は暇をまったくお許しにならない。この数年、いつも病気がちでいらっしゃったので、帝は見慣れておしまいになり、「もうしばらく様子を見よ」とばかりおっしゃっていた。そのうちに日に日に重くおなりになり、わずか五、六日のうちにひどく衰弱したので、母君が泣く泣く帝に申し上げて、退出させ申し上げる。
このような時にも、あってはならない恥をかかされるかもしれないと用心して、若宮は宮中にお残し申し上げて、人目を忍んで退出なさる。宮中の定めには限りがあるので、帝もそうそうお引き留めになることはできず、見送ることさえできない心もとなさを、言いようもなく悲しくお思いになる。
輝くように美しく愛らしい人が、ひどく面やつれして、たいそうしみじみとした悲しみを心に深く抱きながら、それを言葉に出して申し上げることもできず、生きているのかいないのかわからないほどに意識が遠のいていらっしゃるのをご覧になると、帝は過去のことも将来のことも考えられなくなって、あらゆることを泣く泣くお約束なさるけれども、更衣はお返事も申し上げることができない。目つきなどもひどくだるそうで、いつも以上になよなよとして、正気もない様子で横たわっているので、帝はどうなってしまうのかと途方に暮れていらっしゃる。手車の宣旨などをお出しになっても、また部屋にお入りになっては、どうしても退出をお許しにならない。
「死出の道にも、遅れたり先立ったりはしまいと約束なさったではないか。いくらなんでも、私を残しては行けまい」とおっしゃるのを、更衣もたいそう悲しいと拝見して、
「限りある命だからと、お別れしていく死出の道の悲しさに、私が本当に行きたいのは、生きる道の方なのです。こうなると前から存じておりましたなら(もっと申し上げることもございましたのに)」と、息も絶え絶えに、申し上げたそうなことはありそうだが、たいそう苦しそうに弱っているので、帝はこのままここで、どうなるにせよ最後まで見届けようとお思いになる。しかし「今日始めるはずの祈祷を、しかるべき僧たちが引き受けておりまして、今夜から始めます」と申し上げて急かすので、帝はどうしようもなくお思いになりながら、退出させなさった。
帝はお胸がいっぱいにふさがって、少しもお眠りになれず、夜を明かしかねていらっしゃる。お見舞いの使いが行って帰ってくるほどの時間もたたないのに、それでも心配でならないとしきりにおっしゃっていたところ、「夜半を少し過ぎたころに、お亡くなりになりました」と言って、更衣の家の人々が泣き騒ぐので、使いもひどく気落ちして帰参した。それをお聞きになった帝のお心の乱れようといったら、何事もお分かりにならず、引きこもっていらっしゃる。
若宮は、こうなってもおそばでご覧になっていたいと帝はお思いになるけれども、喪中にこうして宮中にお仕えするのは前例のないことなので、退出なさろうとする。若宮は何事が起こったのかもおわかりにならず、お仕えする人々が泣き惑い、帝までが絶え間なく涙を流していらっしゃるのを不思議そうに見つめていらっしゃる。普通の別れでさえ、こうした別れが悲しくないことはないのに、まして、いっそう哀れで言いようもない。
定めがあるので、しきたりどおりに葬送申し上げるが、母北の方は「娘と同じ煙となって、私も天にのぼってしまいたい」と泣き焦がれなさって、お見送りの女房たちの車に追いすがってお乗りになる。愛宕というところで、たいそう厳かにその葬儀を行っているところへお着きになった時のお気持ちは、どれほどであったろうか。「亡きがらを目の前にしながら、まだ生きているように思われるのが、なんともかいのないことですので、灰になっておしまいになるのを見とどけて、今はもう亡き人なのだと、きっぱり思い切ってしまいましょう」と、気丈におっしゃっていたけれど、車から落ちてしまいそうなほど取り乱しなさるので、「やはりこうなると思っていた」と、人々は扱いに困っている。
宮中から使いがあって、三位の位を贈りなさるということで勅使が来て、その宣命を読み上げるのが、また悲しいことであった。女御とさえ呼ばせないまま終わってしまったことが、帝には飽き足らず残念にお思いになったので、せめてもう一段上の位をと、お贈りになったのであった。このことにつけても、憎みなさる人々は多かった。
物の情趣を解する方々は、更衣の姿かたちが美しかったことや、気立てが穏やかで感じがよく、憎めなかったことなどを、今になって思い出していらっしゃる。見苦しいほどのご寵愛のせいでこそ冷たくねたみなさったのだけれど、人柄がしみじみとして思いやりのあったお心を、帝付きの女房たちも恋しく思い合っていた。「亡くなってこそ(その人のよさがわかる)」とは、このような時のことかと思われた。
はかなく日々が過ぎて、法事などの折にも、帝は細やかにお見舞いの使いをお遣わしになる。時がたつにつれて、どうしようもなく悲しくお思いになるので、ほかの后妃方を夜のおそばにお召しになることもすっかり絶えてしまい、ただ涙にぬれて日々を過ごしていらっしゃるので、拝見する人までもが涙がちになる秋である。「亡くなった後まで、人の心を晴れさせないご寵愛ぶりですこと」と、弘徽殿の女御などは、なおも容赦なくおっしゃるのだった。帝は第一皇子をご覧になるにつけても、若宮が恋しいとばかりお思い出しになって、親しい女房や乳母などを遣わしては、若宮の様子をお聞きになる。
意訳
更衣の死は、帝の愛情がもたらした悲劇として描かれる。帝が病の更衣を手放さなかったのは愛情ゆえだが、それが手遅れの原因にもなった。宮中では、身分の低い者の死は穢れとして避けられ、帝でさえ最期を看取ることはできない。「限りあれば」という言葉が二度くり返されるのは、帝の愛にも越えられない宮中の決まりがあることを示している。
更衣の辞世の歌「いかまほしきは命なりけり」は、「行かまほし」に「生かまほし」を掛け、生きたいという願いを最後に口にした歌である。周りを気づかって何も言えなかった更衣が、ようやく本心を言葉にした場面であり、物語の中で更衣自身が語る唯一の言葉でもある。
三位の追贈は、女御にしてやれなかった帝のせめてもの償いだった。それすら人々の憎しみを招き、弘徽殿の女御は死後もなお更衣を許さない。一方で、亡くなってから更衣の人柄をしのぶ人々も現れる。人の評価が死によって変わることへの皮肉も込められている。
語釈・文法注
- みやすどころ
- 御息所(みやすんどころ)。皇子・皇女を産んだ女御・更衣の呼び名。ここでは桐壺更衣。
- まかづ
- 宮中から退出する。宮仕えの人が実家へ下がること。
- あつしさ
- 病気がちなこと。形容詞「あつし」の名詞形。
- 奏す
- 帝に申し上げる。帝・上皇に対してだけ使う謙譲語(絶対敬語)。
- もこそ
- 係助詞「も」+「こそ」。「…したら困る」と、悪い事態を心配する気持ちを表す。
- 限あれば
- 決まりがあるので。宮中では、帝であっても重病人や死者を内裏にとどめることは許されなかった。
- おぼつかなさ
- 様子がわからず気がかりなこと。形容詞「おぼつかなし」の名詞形。
- 聞えやらず
- 最後まで申し上げることができない。「やる」は「すっかり…しきる」。
- あるかなきか
- 生きているのかいないのかわからないほど、弱々しいさま。
- きし方行く末
- 過去と未来。「来し方」は過ぎてきた時や所。
- いらへ
- 返事、受け答え。
- まみ
- 目つき、目もと。
- たゆげ
- だるそうなさま。弱々しいさま。
- 我かの氣色
- 「我か人か」の略。自分が自分かわからないほど、意識がぼんやりしているさま。
- てぐるま
- 手車(輦車・てぐるま)。人が手で引く車。宮中の門の内で乗ることは、特に許された人だけに宣旨で認められた。帝は更衣にこれを許して送り出そうとした。
- 後れ先だゝじ
- 遅れたり先立ったりはしまい。死ぬときは一緒だ、という約束。
- いかまほしき
- 「行かまほしき」と「生かまほしき」の掛詞。行きたい(=生きたい)のは命の道だ、の意。「まほし」は希望の助動詞。
- 思う給へ
- 「思ひ給へ」のウ音便。「給ふ」は下二段活用の謙譲の補助動詞で、「存じます」の意。
- ましかば
- 反実仮想の助動詞「まし」の未然形+「ば」。「もし…だったならば」。後に「…申し上げることもあったのに」などが省略されている。
- つゆ…ず
- 少しも…ない。
- いぶせさ
- 気がかりで心が晴れないこと。
- あへなし
- 張り合いがない、がっかりする。
- れいなき事
- 前例のないこと。喪に服す期間に皇子が宮中にとどまるのは、しきたりに反した。
- よろしき
- 普通の、まあまあの。「よろしきことにだに」で「普通の(人との)別れでさえ」。
- いふかひなし
- 言っても仕方がない。言いようがないほどだ。
- をさめ奉る
- 葬り申し上げる。遺体を葬送すること。
- 同じけぶり
- 火葬の煙。娘と同じ煙となって(死んで)天に昇りたい、の意。
- 愛宕(おたぎ)
- 京都の東山、鳥辺野(とりべの)付近にあった火葬の地。
- から
- 亡きがら。遺体。
- ひたぶるに
- いちずに、きっぱりと。
- さかしう
- 気丈に、しっかりと。形容詞「さかし」の連用形のウ音便。
- 三位
- 正三位・従三位の位。女御は三位以上が通例で、更衣は四位・五位ほどであった。死後に三位を贈ることで、女御に準じた扱いとした。
- 宣命(せんみょう)
- 天皇の命令を、漢字の和文体(宣命体)で書いて読み上げるもの。
- きざみ
- 段階、等級。「ひときざみ」で一段階。
- 心ばせ
- 気立て、心づかい。
- めやすし
- 見た目に感じがよい。好ましい。
- すげなう
- 冷淡に、そっけなく。形容詞「すげなし」の連用形のウ音便。
- なくてぞ
- 当時知られていた歌の一節を引くと考えられる。「ある時はありのすさびに憎かりきなくてぞ人は恋しかりける」(生きているときは憎らしかったが、亡くなってこそ恋しい)。
- 後のわざ
- 死後の法事。四十九日までの七日ごとの法要など。
- とぶらふ
- 見舞う、弔問する。
- とのゐ
- 宿直。ここでは后妃が夜、帝の寝所に仕えること。
- ひづ
- ぬれる、ひたる。
- 露けき
- 露が多い。涙にぬれがちなことを重ねている。
- 胸あく
- 胸がすっとする、気が晴れる。「胸あくまじかりける」で、気の晴れるはずもない。
- 弘徽殿
- 内裏の殿舎の一つで、清涼殿に近い格式の高い部屋。そこに住む第一皇子の母、弘徽殿の女御を指す。
- めのと
- 乳母。母に代わって子に乳を与え、養育する女性。
文法
- 反実仮想「ましかば…」(斯思う給へましかば)
- 事実に反することを仮定する。「こうなると思っておりましたならば(…申し上げることもあったでしょうに)」。後半が言いさしになっていて、言葉にならない思いを表す。
- 掛詞(いかまほしき)
- 「行か」と「生か」を掛ける。死出の道を「行く」ことと、「生きる」ことの両方の意味が重なる。
- 係り結び(なむ…ける・ぞ…出づる)
- 「宣命讀むなむ悲しき事なりける」は「なむ」を受けて「けり」が連体形、「今ぞおぼし出づる」は「ぞ」を受けて「出づ」が連体形で結ばれている。
- 係り結び(こそ…しか)
- 「故こそすげなう猜みたまひしか」は、「こそ」を受けて過去の助動詞「き」が已然形「しか」で結ばれ、下に逆接で続く(…けれども)。
和歌
かぎりとて別るゝ道の悲しきにいかまほしきは命なりけり
- 詠者
- 桐壺更衣
- 状況
- 退出の直前、「死出の道にも遅れたり先立ったりはしまい」と言う帝に答えた、更衣の辞世の歌。
修辞
- 掛詞
- 「いか」に「行か」と「生か」を掛ける。行きたいのは死出の道ではなく、生きる道だ、という意。
- 別るゝ道
- 帝と別れていく道であり、死出の道でもある。
解説
更衣の辞世「かぎりとて別るゝ道の悲しきにいかまほしきは命なりけり」は、源氏物語に登場する最初の女性の歌である。掛詞で死と生を重ね、帝への思いと生への未練をこめた歌で、作中の歌の中でもよく知られている。
平安時代の内裏では死は穢れとされ、重病人は宮中から退出させるのが決まりだった。帝が最後まで更衣を手元に置こうとしたことは、愛情の深さを示す一方で、決まりを破りかねない危うさも持っていた。手車の宣旨は、徒歩で退出すべき更衣に乗り物を許す特別な計らいである。
母北の方が火葬の場に同行したことも、当時としては異例だった。娘とともに死にたいと願う母の姿は、のちの場面で、宮中から弔問に訪れた靫負命婦(ゆげいのみょうぶ)との語らいへとつながっていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、2–5頁(コマ3–4)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 塚本哲三編『源氏物語』1(有朋堂文庫) 有朋堂書店、昭和7年(1932)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日