古典ライブラリー

徒然草 第41章(第240段〜第243段)

八つになりし年

人目を忍んで通う恋の情趣と、仲人の世話による結婚の味気なさを対比する第240段、満月がすぐに欠けるように死は近く、所願を成し遂げてから道に向かおうとしても所願は尽きないと説く第241段、名・色・味という三つの欲を求めないのがよいとする第242段、そして八歳の兼好が父に「最初の仏はだれに教わったのか」と問いつめた思い出を記す最終段を収める。

父に仏の始まりを問いかける八歳の兼好
最終段、第243段「八つになりし年」の情景。八歳の兼好が仏の始まりを重ねて問い、答えに困った父が笑う。幼い日の率直な疑問で、『徒然草』は結ばれる。
  1. 1浦うら浦うらうら所ところ所ところところせくせくせく、、、山やま山やまやまももるももるももる人ひと人ひとひとしげからむにしげからむにしげからむに、、、わりなくわりなくわりなく通かよ通かよかよはははむむん心こころ心こころこころのいろこそのいろこそのいろこそ、、、淺あさ淺あさあさからずあはれとからずあはれとからずあわれと思おも思おもおもふふしぶしのふふしぶしのううしぶしの、、、忘わす忘わすわすれがたきこともれがたきこともれがたきことも多おほ多おほおおからめからめからめ。。。
  2. 2親おや親おやおやらからゆるしらからゆるしらからゆるし、、、ひたぶるにむかへすゑたらむひたぶるにむかへすゑたらむひたぶるにむかえすえたらむ、、、いとまばゆかりぬべしいとまばゆかりぬべしいとまばゆかりぬべし。。。世よ世よよにありわぶるにありわぶるにありわぶる女をんな女をんなおんなののの、、、似に似ににげなきげなきげなき老法師おいほふし老法師おいほふしおいほうし、、、あやしのあづまあやしのあづまあやしのあずま人ひと人ひとひとなりともなりともなりとも、、、にぎはゝしきにぎはゝしきにぎわわしきにつきてにつきてにつきて、、、「「「水みづ水みづみずあらばあらばあらば」」」などいふなどいふなどいうををを、、、心こころ心こころこころにくきさまにいひなしてにくきさまにいひなしてにくきさまにいいなして、、、しられずしらぬしられずしらぬしられずしらぬ人ひと人ひとひとををを迎むか迎むかむかへもてへもてえもて來く來くくらむあいなさよらむあいなさよらむあいなさよ。。。
  3. 3何事なにごと何事なにごとなにごとをををかうちかうちこうち出い出いいづることのづることのずることの葉は葉ははにせむにせむにせむ。。。年月としつき年月としつきとしつきのつらさのつらさのつらさをもをもをも、、、けこしけこしけこしははは山やま山やまやまのなどもあひかたらはむこそつきせぬことののなどもあひかたらはむこそつきせぬことののなどもあいかたらわむこそつきせぬことの葉は葉ははにてもあらめにてもあらめにてもあらめ。。。
  4. 4すべてよそのすべてよそのすべてよその人ひと人ひとひとのとりまかなひたらむのとりまかなひたらむのとりまかないたらむ、、、うたてうたてうたて心こころ心こころこころづづづきなきこときなきこときなきこと多おほ多おほおおかるべしかるべしかるべし。。。よきよきよき女をんな女をんなおんなならむにつけてもならむにつけてもならむにつけても、、、品しな品しなしなくだりみにくゝくだりみにくゝくだりみにくく年とし年としとしもたけなむもたけなむもたけなむ男をとこ男をとこおとこははは、、、かくあやしきかくあやしきかくあやしき身み身みみのためにのためにのために、、、あたらあたらあたら身み身みみをををいたづらにいたづらにいたずらに、、、なさむやなさむやなさむやはははととと、、、人ひと人ひとひとももも心こころ心こころこころおとりせられおとりせられおとりせられ、、、我わ我わわががが身み身みみはははむかひむかひむかい居ゐ居ゐいたらむもたらむもたらむも、、、影かげ影かげかげはづかしくはづかしくはずかしくおぼえなむおぼえなむおぼえなむ、、、いとこそあいなからめいとこそあいなからめいとこそあいなからめ。。。
  5. 5梅うめ梅うめうめののの花はな花はなはなかうばしきかうばしきこうばしき夜よ夜よよののの朧おぼろ朧おぼろおぼろ月づき月づきづきにたゝずみにたゝずみにたたずみ、、、ががが原はら原はらはらののの露分つゆわ露分つゆわつゆわけいでむありあけのけいでむありあけのけいでむありあけの空そら空そらそらももも、、、我わ我わわががが身み身みみざまにざまにざまに忍しの忍しのしのばるべくもなからむばるべくもなからむばるべくもなからむ人ひと人ひとひとははは、、、たゞたゞただ色いろ色いろいろこのまざらむにこのまざらむにこのまざらむにはしかじはしかじはしかじ。。。
  6. 6のまどかなることのまどかなることのまどかなることははは、、、しばらくもしばらくもしばらくも住ぢゆう住ぢゆうじゅうせずやがてかけぬせずやがてかけぬせずやがてかけぬ。。。心こころ心こころこころとゞめぬとゞめぬとどめぬ人ひと人ひとひとははは、、、一夜ひとよ一夜ひとよひとよののの中なか中なかなかにさまでかはるさまもにさまでかはるさまもにさまでかわるさまも見み見みみえぬにやあらむえぬにやあらむえぬにやあらむ。。。病やまひ病やまひやまいのおもるものおもるものおもるも、、、住す住すすするするするひまなくしてひまなくしてひまなくして死期しご死期しごしごすでにすでにすでに近ちか近ちかちかししし。。。
  7. 7されどもいまだされどもいまだされどもいまだ病急やまひきふ病急やまひきふやまいきゅうならずならずならず、、、死し死ししににに赴おもむ赴おもむおもむかざるかざるかざるほどほどほどははは、、、常住平生じやうぢゆうへいぜい常住平生じやうぢゆうへいぜいじょうじゅうへいぜいののの念ねん念ねんねんにならひてにならひてにならいて、、、生しやう生しやうしょうののの中なか中なかなかにおほくのにおほくのにおおくの事こと事ことことををを成なり成なりなりじてじてじて後のち後のちのち、、、しづかにしづかにしずかに道みち道みちみちををを修しゆ修しゆしゅせむとせむとせむと思おも思おもおもふふうほどにほどにほどに、、、病やまひ病やまひやまいをををうけてうけてうけてににに望のぞ望のぞのぞむむむ時とき時ときとき、、、所願一事しよぐわんいちじ所願一事しよぐわんいちじしょがんいちじももも成じやう成じやうじょうぜずぜずぜず、、、いふかひなくていふかひなくていうかいなくて年月としつき年月としつきとしつきののの懈怠けだい懈怠けだいけだいををを悔くい悔くいくいいていていて、、、このこのこの度たび度たびたびもしたちなほりてもしたちなほりてもしたちなおりて命いのち命いのちいのちをををまたくせばまたくせばまたくせば、、、夜よ夜よよををを日ひ日ひひにつぎてこのにつぎてこのにつぎてこの事こと事ことことかのかのかの事怠ことおこた事怠ことおこたことおこたらずらずらず成なり成なりなりじてむとじてむとじてむと、、、願ぐわん願ぐわんがんをををおこすらめどおこすらめどおこすらめど、、、やがておもりぬればやがておもりぬればやがておもりぬれば、、、我わ我わわにもあらずとりにもあらずとりにもあらずとり亂みだ亂みだみだしてしてしてはははてぬてぬてぬ。。。
  8. 8このたぐひのみこそあらめこのたぐひのみこそあらめこのたぐいのみこそあらめ。。。このこのこの事こと事ことことまづまづまず人々急ひとびといそ人々急ひとびといそひとびといそぎぎぎ心こころ心こころこころにおくべしにおくべしにおくべし。。。所願しよぐわん所願しよぐわんしょがんををを成なり成なりなりじてのちじてのちじてのち、、、いとまありていとまありていとまありて道みち道みちみちにむかはむとせばにむかはむとせばにむかわむとせば、、、所願しよぐわん所願しよぐわんしょがんつくべからずつくべからずつくべからず。。。
  9. 9ののの生しやう生しやうしょうののの中なか中なかなかににに何事なにごと何事なにごとなにごとをををかなさむかなさむかなさむ。。。すべてすべてすべて所願皆妄想しよぐわんみなまうざう所願皆妄想しよぐわんみなまうざうしょがんみなもうぞうなりなりなり。。。所願しよぐわん所願しよぐわんしょがん心こころ心こころこころにきたらばにきたらばにきたらば、、、すとすとすと知し知ししりてりてりて、、、一事いちじ一事いちじいちじをもをもをもなすべからずなすべからずなすべからず。。。直ただ直ただただににに萬事ばんじ萬事ばんじばんじををを放下はうげ放下はうげほうげしてしてして道みち道みちみちににに向むか向むかむかふふう時とき時ときときはははさはりなくさはりなくさわりなく所作しよさ所作しよさしょさなくてなくてなくて、、、心身しんじん心身しんじんしんじんながくしづかなりながくしづかなりながくしずかなり。。。
  10. 10とこしなへにとこしなへにとこしなえににつかはるゝことにつかはるゝことにつかわるることははは、、、ひとへにひとへにひとえに苦樂くらく苦樂くらくくらくのためなりのためなりのためなり。。。樂らく樂らくらくといふといふというははは好この好このこのみみみ愛あい愛あいあいすることなりすることなりすることなり。。。これこれこれををを求もと求もともとむることむることむること止や止ややむむむ時とき時ときときなしなしなし。。。樂欲げうよく樂欲げうよくぎょうよくするところするところするところ、、、一いち一いちいちにににははは名な名なななりなりなり。。。
  11. 11名な名ななににに二種にしゆ二種にしゆにしゅありありあり、、、行跡かうせき行跡かうせきこうせきととと才藝さいげい才藝さいげいさいげいとのとのとのほまれなりほまれなりほまれなり。。。二に二にににににははは色欲しきよく色欲しきよくしきよく、、、三さん三さんさんにににははは味あぢ味あぢあじなりなりなり。。。よろづのねがひこのよろづのねがひこのよろずのねがいこの三み三みみつにつにつにはしかずはしかずはしかず。。。これこれこれののの相しやう相しやうしょうよりおこりてよりおこりてよりおこりて、、、若干そこばく若干そこばくそこばくのわづらひありのわづらひありのわずらいあり。。。求もと求もともとめざらむにめざらむにめざらむにはしかじはしかじはしかじ。。。
  12. 12八や八ややつになりしつになりしつになりし年とし年としとし、、、父ちゝ父ちゝちちににに問と問ととうていはくうていはくうていわく、、、「「「佛ほとけ佛ほとけほとけはははいかなるものにかいかなるものにかいかなるものにか候さふら候さふらそうろうふらむふらむうらむ」」」といふといふという。。。父ちゝ父ちゝちちがいはくがいはくがいわく、、、「「「佛ほとけ佛ほとけほとけにににははは人ひと人ひとひとのなりたるなりのなりたるなりのなりたるなり」」」ととと。。。またまたまた問と問ととふふう、、、「「「人ひと人ひとひとははは何なに何なになにとしてとしてとして佛ほとけ佛ほとけほとけにににはははなりなりなり候さふら候さふらそうろうふやらむふやらむうやらむ」」」ととと。。。
  13. 13父ちゝ父ちゝちちまたまたまた、、、「「「佛ほとけ佛ほとけほとけのをしへによりてなるなりのをしへによりてなるなりのおしえによりてなるなり」」」とこたふとこたふとこたう。。。またまたまた問と問ととふふう、、、「「「敎をし敎をしおしへへへ候さふら候さふらそうらひけるひけるいける佛ほとけ佛ほとけほとけをばをばをば何なに何なになにがをしへがをしへがおしえ候さふら候さふらそうらひけるひけるいける」」」ととと。。。またまたまた答こた答こたこたふふう、、、「「「それもまたさきのそれもまたさきのそれもまたさきの佛ほとけ佛ほとけほとけのをしへによりてなりのをしへによりてなりのおしえによりてなり給たま給たまたまふなりふなりうなり」」」ととと。。。
  14. 14またとふまたとふまたとう、、、「「「そのそのその敎をし敎をしおしへへへはじめはじめはじめ候さふら候さふらそうらひけるひけるいける第一だいいち第一だいいちだいいちののの佛ほとけ佛ほとけほとけははは、、、いかなるいかなるいかなる佛ほとけ佛ほとけほとけにかにかにか候さふら候さふらそうらひけるひけるいける」」」といふといふという時とき時ときとき、、、父ちゝ父ちゝちち、、、「「「空そら空そらそらよりやよりやよりやふりけむふりけむふりけむ、、、土と土ととよりやわきけむよりやわきけむよりやわきけむ」」」といひてわらふといひてわらふといいてわらう。。。
  15. 15「「「問と問ととひつめられてえこたへずなりひつめられてえこたへずなりいつめられてえこたえずなり侍はべ侍はべはべりつりつりつ」」」ととと諸人しよにん諸人しよにんしょにんにかたりてにかたりてにかたりて興きよう興きようきょうじきじきじき。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第240段〕しのぶの浦の海人が刈る海松布も人目が多く、くらぶの山も見張る人が多いのに、無理をして通おうとする心の深さこそ、浅からずしみじみと思う折々の、忘れがたいことも多いだろう。親や兄弟が許して、ひたすらに迎え入れて住まわせているのは、たいそう気恥ずかしいことだろう。世の中で暮らしに困っている女が、似つかわしくない年老いた法師や、卑しい東国の人であっても、裕福なのにひかれて、「誘う水があれば」などと言うのを、仲人がどちらにも奥ゆかしいように言いつくろって、知られもせず、知りもしない人を迎えて連れてくるのは、何とつまらないことか。何を最初の言葉の種にするのだろうか。年月の恋のつらさも、「分け来し葉山の」などと語り合うのこそ、尽きない話の種にもなるだろう。

すべて、他人が取りはからった縁は、いやで気に入らないことが多いにちがいない。よい女であるにつけても、身分が低く、醜く、年もとっている男は、「こんな卑しい身のために、惜しいわが身をむだにすることがあろうか」と、(女の)人柄も見劣りがし、自分は向かい合っているにつけても、自分の姿が恥ずかしく思われるだろう。まことにつまらないことだろう。梅の花が香る夜の朧月の下にたたずみ、御垣が原の露を分けて出てゆく有明の空も、わが身のこととしてしのばれることもないような人は、ただ恋をしないにこしたことはない。

〔第241段〕満月の丸い形は、しばらくもとどまらず、すぐに欠けてしまう。気にとめない人には、一晩のうちに、それほど変わる様子も見えないのだろうか。病気が重くなるのも、とどまる間もなく、死期はもう近い。けれども、まだ病気が急でなく、死に向かわない間は、いつまでも変わらない平生の思いに慣れて、生きているうちに多くのことを成し遂げてから、静かに道を修めようと思っているうちに、病気になって死門に臨むとき、願いは一つもかなわない。言いようもなくて、年月の怠りを悔いて、今度もし立ち直って命が助かったら、夜を日についで、このこともあのことも怠らずに成し遂げようと願を立てるだろうが、やがて病が重くなると、正気も失って取り乱して死んでしまう。こういう例ばかりであろう。このことを、まず人々は急いで心に置くべきである。願いを成し遂げてから、暇ができて道に向かおうとすれば、願いは尽きることがないだろう。幻のようなこの一生の中で、何を成し遂げようというのか。すべて願いはみな妄想である。願いが心に来たら、迷いの心が乱れているのだと知って、一事もしてはならない。ただちに万事を投げ捨てて道に向かうときは、差しさわりもなく、することもなくて、心身は長く静かである。

〔第242段〕いつまでも順境と逆境に使われるのは、ひとえに苦と楽のためである。楽というのは、好み愛することである。これを求めることは、やむ時がない。楽を欲するもの、一つには名誉である。名誉には二種類ある。行いの名誉と、才芸の名誉である。二つには色欲、三つには食欲である。すべての願いは、この三つに及ぶものはない。これは物事を逆さまに見る迷いから起こって、多くのわずらいがある。求めないのにこしたことはない。

〔第243段〕八歳になった年、父に尋ねて言うには、「仏とはどういうものでございましょうか」と言う。父が言うには、「仏には人がなったのだ」と。また尋ねる。「人はどのようにして仏になったのでございましょうか」と。父がまた、「仏の教えによってなったのだ」と答える。また尋ねる。「教えてくださった仏には、何が教えたのでございますか」と。また答える。「それもまた、その前の仏の教えによっておなりになったのだ」と。また尋ねる。「その教え始めた最初の仏は、どういう仏でございましたか」と言うとき、父は、「空から降ってきたのだろうか、土からわいてきたのだろうか」と言って笑う。「問いつめられて、答えられなくなってしまいました」と、人々に語っておもしろがった。

意訳

〔第240段〕人目を忍び、見張りをかいくぐって通う恋の苦しさこそ、忘れがたい思い出になる。仲人が言いつくろって、見知らぬ者同士を結びつける縁組みは味気ない。月の夜、花の香り、露の道を分けて帰る明け方――恋の情趣がわからない人は、恋などしないほうがよい。第3段の恋愛論と響き合い、全編の終わり近くで恋の美学を再び説く段である。

〔第241段〕満月がすぐに欠けるように、命も止まることなく死に近づく。病が軽いうちは、やりたいことをすませてから修行しようと思うが、いざ死に臨むと何一つ成し遂げられず、助かったら励もうと願っても、そのまま死んでしまう。願いは尽きることがない――願いそのものが迷いなのだと知って、今すぐ道に向かえと説く。

〔第242段〕人を動かす欲は、名誉・色欲・食欲の三つに尽きる。それはさかさまの迷いから生まれるので、求めないのが一番である。

〔第243段〕八歳の兼好は、「仏は何か」「人はどうして仏になるのか」「最初の仏はだれに教わったのか」と父を問いつめた。父は「空から降ったか、土からわいたか」と笑って答えにつまり、その話を人々にして喜んだ。厳しい無常の思索を重ねてきた『徒然草』は、幼い日の父との温かい思い出で幕を閉じる。この結びは、物事の根源を問い続ける兼好の精神が、幼い日から変わらなかったことを示しているとも読まれている。

語釈・文法注

しのぶの浦
陸奥の歌枕。「忍ぶ」をかける。
みるめ
海松布。海藻の一種。「見る目」(人目、逢うこと)をかける。
くらぶの山
近江または山城の歌枕。「暗い」を連想させ、人目を忍ぶ恋の歌に詠まれる。
はらから
兄弟姉妹。
さそふ水あらば
小野小町の「わびぬれば身をうき草の根をたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ」による。
なかうど
仲人。
分けこしは山の
「分けて来た葉山(端山)の」。恋の道の苦労を語る古歌の一節。
御垣が原
宮中の垣のあたりの原。
望月
満月。
死門
死の門。
如幻の生
幻のようにはかない一生。
妄心迷亂
迷いの心が乱れること。
違順
逆境と順境。
顚倒の相
真実をさかさまに見る迷い。

文法

わりなく通はむ心のいろこそ…忘れがたきことも多からめ
「こそ…め」の係り結び。「め」は推量の助動詞「む」の已然形。
來らむあいなさよ
「む」は婉曲。連れてくるようなことの、つまらなさよ。
分けこしは山の
底本は「は山」と仮名で書く。
なさむやは
「やは」は反語。むだにすることがあろうか。
父に問うていはく
「問ひて」のウ音便。
空よりやふりけむ、土よりやわきけむ
「や…けむ」は過去推量の疑問。降ってきたのだろうか、わいてきたのだろうか。

和歌

わびぬれば身をうき草の根をたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ

詠者
小野小町
状況
『古今和歌集』雑歌下。文屋康秀が三河に誘ったときの返歌。第240段で、暮らしに困った女が誘う人があればついて行こうと言うさまに、この歌の一節「さそふ水あらば」が引かれる。

修辞

掛詞
「うき草」に「憂き」と「浮草」、「根」に「寝」をかける。
縁語
「うき草」「根」「水」が縁語。

解説

第240段は、『徒然草』の終わり近くで、ふたたび恋の情趣を語る段である。人目を忍ぶ苦しい恋こそが深い思い出になるという考えは、第3段の「色好まざらむ男は…玉の杯の底なき心地ぞすべき」と響き合う。他人の仲介による打算的な縁組みへの批判には、王朝の恋の美学を重んじる兼好の価値観が表れている。

第241段と第242段は、願いと欲望を捨てて道に向かえという、『徒然草』の思想の総まとめともいえる内容である。第241段の、病の床で「治ったら励もう」と願いながら死んでいく人の描写は、第49段・第59段・第188段などで繰り返し説かれてきた「今すぐ道に向かえ」という主張の、最後の結論となっている。

最終段の第243段は、八歳の兼好と父との問答で、全編を締めくくる。仏の起源を問いつめる子どもと、答えに窮して笑う父、それを人に話して喜ぶ父の姿は、無常と求道を説き続けた作品の最後に、温かく人間的な余韻を残している。物事の根本を問わずにいられない兼好の気質が、幼い日にすでに表れていたことを示す、印象的な結びである。

『徒然草』は、兼好の死後、今川了俊らの手で整理されたとも伝えられ、室町時代には歌人の正徹が書写して広めた。江戸時代には、烏丸光広が校訂した本(烏丸本)が刊行され、数多くの注釈書が作られて、広く読まれるようになった。このサイトの底本『国文大観』も、烏丸本の系統の本文である。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、857〜859頁(コマ442–443)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日