新古今和歌集 巻第十八 雑歌下 1841番
憂世をば
つらい世を、日の出る毎日厭うけれど、いつになったら月の入る方を見られるのだろう。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
つらい世を、日の出る毎日厭うけれど、いつになったら月の入る方を見られるのだろう。
意訳
つらい世を毎日厭っているけれど、いつになったら月の沈む西方浄土を見られるのだろう。
語釈・文法注
- 出づる日
- 「(世を)出づる」と「出づる日」を掛ける。
- 月の入る方
- 西方浄土。
和歌
- 作者
- 八条院高倉(はちじょういんのたかくら) 生没年未詳(十二世紀後半〜十三世紀前半)
藤原惟方の娘とされ、鳥羽天皇の皇女八条院暲子内親王に仕えた女房。後鳥羽院の歌壇で活躍した。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十八・雑歌下・1841番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 掛詞
- 「いづる」。
- 縁語
- 「日」「月」。
解説
八条院高倉の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、338頁(コマ179)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日