大鏡 第1章
雲林院の菩提講
先ごろ雲林院の菩提講に参った語り手は、ひどく年老いた二人の翁と一人の媼が同じ所に座るのを見かける。翁たちは久しぶりの再会を喜び合い、大宅世継・夏山繁樹と名のって、自分の年や名の由来を語り出す。周りの人々はその長寿に驚き、若い侍が冷やかすが、翁たちは平然と笑い返す。
- 1さいつごろさいつごろさいつごろ侍侍さぶらいしかばしかばしかば。。。れいのれいのれいの人人ひとよりよりよりはははこよなくとしおいこよなくとしおいこよなくとしおい。。。うたてげなるおきなふたりうたてげなるおきなふたりうたてげなるおきなうたり。。。おうなときあひておなじところにゐぬめりおうなときあひておなじところにゐぬめりおうなときあいておなじところにいぬめり。。。
- 2あはれにおなじやうなるものゝさまかなとあはれにおなじやうなるものゝさまかなとあわれにおなじょうなるもののさまかなと見侍見侍みわべしにしにしに。。。これらこれらこれらいふやういふやういうよう。。。年年としごろむかしのごろむかしのごろむかしの人人ひとにたひめんしてにたひめんしてにたいめんして。。。いかでいかでいかで世世よののの中中なかののの見見みきくきくきく事事ことどもどもどもをををきこえあはせんきこえあはせんきこえあわせん。。。
- 3このこのこの只今只今ただいまののの入道殿下入道殿下にゅうどうでんかののの御有御有おおんありさまさまさまをもをもをも。。。申申もうあはせばやとおもふにあはせばやとおもふにあわせばやとおもうに。。。あはれにあはれにあわれにうれしくもあひうれしくもあひうれしくもあい申申もうたるかなたるかなたるかな。。。今今いまぞぞぞ心心こころ。。。
- 4おぼしきおぼしきおぼしき事事こといはぬいはぬいわぬははは。。。げにぞげにぞげにぞ心心こころちしけるちしけるちしける。。。かゝればこそむかしのかゝればこそむかしのかかればこそむかしの人人ひとははは。。。ものいものいものいはははまほしくなればまほしくなればまほしくなれば。。。をををほりてほりてほりてはははいひいれいひいれいいいれ侍侍はべりけめとりけめとりけめと覺覺おぼえええ侍侍はべるるる。。。返〳〵返〳〵かえすがえす嬉嬉うれしくしくしく對面對面たいめんしたるかなしたるかなしたるかな。。。
- 5さてもいくつにかさてもいくつにかさてもいくつにか成成なり給給たまひぬるといへばひぬるといへばいぬるといえば。。。今今いまひとりのおきなひとりのおきなひとりのおきな。。。いくつといふいくつといふいくつという事事こともさらにもさらにもさらに覺覺おぼえええ侍侍はべらずらずらず。。。たゞしたゞしただしをををのれのれのれははは故故こ太政太政だいじょうのおとゞのおとゞのおとどののの藏人少將藏人少將くろうどのしょうしょうととと申申もうしおりのしおりのしおりの。。。
- 6はははおおおほいぬほいぬほいぬ丸丸まるぞかしぞかしぞかし。。。主主ぬしははは其其その御時御時おおんときのののののの后后きさきののの宮宮みやののの御方御方かたのめしつかひのめしつかひのめしつかい。。。かうかうこう名名なのおほやけのよつぎとぞいひのおほやけのよつぎとぞいひのおおやけのよつぎとぞいい侍侍さぶらいしかしなしかしなしかしな。。。さればぬしのみとしさればぬしのみとしさればぬしのみとしはははをををのれにのれにのれにはははこよなくまさりたてまつらんかしこよなくまさりたてまつらんかしこよなくまさりたてまつらんかし。。。
- 7みづからみづからみずからはははこわらこわらこわらはははにてありしにてありしにてありし時時とき。。。主主ぬしははは二十五六二十五六にじゅうろくばかりのおのこにてこそばかりのおのこにてこそばかりのおのこにてこそはははいませしかといふめればいませしかといふめればいませしかというめれば。。。。。。しかじかさしかじかさしかじかさ侍侍さぶらいししし事事こと也也なり。。。
- 8扨扨さてもぬしのみなもぬしのみなもぬしのみなはははいかにぞやといふめればいかにぞやといふめればいかにぞやというめれば。。。故故こ太政大臣太政大臣だいじょうだいじん殿殿どのにてにてにて元服元服げんぷくつかうまつりしつかうまつりしつこうまつりし時時とき。。。きむぢがきむぢがきむじが姓姓かばねはははなにぞとおほせられしかばなにぞとおほせられしかばなにぞとおおせられしかば。。。なつやまとなむなつやまとなむなつやまとなむ申申もうととと申申もうしししををを。。。
- 9給給たまへりしなどいふにへりしなどいふにえりしなどいうに。。。いとあさましうなりぬいとあさましうなりぬいとあさましゅうなりぬ。。。
- 10たれもすこしよろしきたれもすこしよろしきたれもすこしよろしき物物ものどもどもどもはははみおこせゐよりなどしけりみおこせゐよりなどしけりみおこせいよりなどしけり。。。年年とし卅卅さんじゅう計計ばかり。。。せちによりてせちによりてせちによりて。。。いでいとけうあるいでいとけうあるいでいときょうある事事こといふいふいう老者老者ろうざだちよなだちよなだちよな。。。
- 11さらにこそしむぜられねといへばさらにこそしむぜられねといへばさらにこそしむぜられねといえば。。。おきなおきなおきなふたりふたりふたりみかはしてみかはしてみかわしてあざわらふあざわらふあざわらう。。。
- 12しげきとなのるがかたざまにしげきとなのるがかたざまにしげきとなのるがかたざまに見見みやりてやりてやりて。。。ぬしぬしぬしはははいくつといふことおぼえずといふめりいくつといふことおぼえずといふめりいくつということおぼえずというめり。。。此此このおきなどもおきなどもおきなどもはははおぼえおぼえおぼえ給給たまやといへばやといへばやといえば。。。さらにもあらずさらにもあらずさらにもあらず一百五十一百五十ひゃくごじゅうさいにぞさいにぞさいにぞ今年今年ことしはははなりなりなり侍侍はべりぬるりぬるりぬる。。。
- 13さればしげきさればしげきさればしげきははは百四十百四十ひゃくしじゅうにににはははおよびてさぶらふらめとやさしくおよびてさぶらふらめとやさしくおよびてさぶらうらめとやさしく申申もう也也なり。。。をのれをのれおのれはははをををののの御門御門みかどのおはしますとしののおはしますとしののおわしますとしの正月正月しょうがつ日日ひ生生うまれてれてれて侍侍はべればればれば。。。
- 14十三代十三代じゅうさんだいにあひたてまつりてにあひたてまつりてにあいたてまつりて侍侍はべるなりるなりるなり。。。けしうけしうけしゅうはははさぶらはぬとしさぶらはぬとしさぶらわぬとし也也なりななな。。。まことゝまことゝまことと人〳〵人〳〵ひとびとおぼさじおぼさじおぼさじ。。。。。。
- 15げらうなれどもみやこげらうなれどもみやこげろうなれどもみやこほとりといふほとりといふほとりという事事ことももも侍侍はべればればれば。。。めめめををを見見み給給たまへてへてえてをををきてきてきて侍侍はべりけるいまだりけるいまだりけるいまだ侍侍はべりりり。。。のとしにのとしにのとしに侍侍はべりといふもげにときこゆりといふもげにときこゆりというもげにときこゆ。。。
- 16今今いまひとりにひとりにひとりに。。。なななをもをもをもおきなのとしこそきかまほしけれおきなのとしこそきかまほしけれおきなのとしこそきかまほしけれ。。。生生うまれけんれけんれけんとしとしとしはははしりしりしりたりやたりやたりや。。。それにていとやすくかぞそれにていとやすくかぞそれにていとやすくかぞへてむといふめればへてむといふめればへてむというめれば。。。これこれこれはははまことのおやにもそひまことのおやにもそひまことのおやにもそい侍侍はべらずらずらず。。。
- 17ととと人人ひとのもとにやしなはれてのもとにやしなはれてのもとにやしなわれて。。。十二三十二三じゅうさんまでそひてまでそひてまでそいて侍侍さぶらいしかばしかばしかば。。。はか〴〵はか〴〵はかばかしうもしうもしゅうも申申もうさずさずさず。。。たゞわれたゞわれただわれははは子子こうむわざもしらざりしにうむわざもしらざりしにうむわざもしらざりしに。。。しうのしうのしゅうの御御おんつかひにいちへまかりしにつかひにいちへまかりしにつかいにいちえまかりしに。。。
- 18又又またわたくしにもぜにわたくしにもぜにわたくしにもぜにををを持持もててて侍侍はべりけるにりけるにりけるに。。。にくげもなきちごにくげもなきちごにくげもなきちごをををいだきたるいだきたるいだきたる女女おんなののの。。。これこれこれ人人ひとにににはははなたむとなんおもふなたむとなんおもふなたむとなんおもう。。。子子こををを十人十人じゅうにんまでまでまでうみてうみてうみて。。。
- 19これこれこれははは四十四十しじゅうたりのこにてたりのこにてたりのこにて。。。いとゞいとゞいとどにさへむまれてむづかしきなりといひにさへむまれてむづかしきなりといひにさえむまれてむずかしきなりといい侍侍はべりければりければりければ。。。此此このもちたるぜにゝかへてきにしなりともちたるぜにゝかへてきにしなりともちたるぜににかえてきにしなりと。。。姓姓かばねはははなにとかいふととひなにとかいふととひなにとかいうととい侍侍はべりければりければりければ。。。
- 20なつなつなつ山山やまとととははは申申もうけるけるける。。。さてさてさて十二三十二三じゅうさんにてぞおほきにてぞおほきにてぞおおき大殿大殿おおいとのにににはははまいりまいりまいり侍侍さぶらいしなどいひてしなどいひてしなどいいて。。。
- 21さてもさてもさてもうれしくたひめむしたるかなうれしくたひめむしたるかなうれしくたいめむしたるかな。。。ほとけのほとけのほとけの御御おんしるしなんめりしるしなんめりしるしなんめり。。。としごろこゝかしこのとしごろこゝかしこのとしごろここかしこの說經說經せっきょうとのゝしれどとのゝしれどとののしれど。。。何何なにかかかはははとてまいるとてまいるとてまいる事事こともしもしもし侍侍はべらずらずらず。。。
- 22かしこくもかしこくもかしこくも思思おもひたちてまいりひたちてまいりいたちてまいり侍侍はべりにけるがりにけるがりにけるがうれしきうれしきうれしき事事こととてとてとて。。。そこにおはするそこにおはするそこにおわするはははそのおりのそのおりのそのおりの女人女人おみなにやみえますらんといふめればにやみえますらんといふめればにやみえますらんというめれば。。。しげきがいらへしげきがいらへしげきがいらえ。。。
- 23いでさもいでさもいでさも侍侍はべらずらずらず。。。それそれそれははははやうせはやうせはようせ侍侍さぶらいにしかばにしかばにしかば。。。是是これはははそのゝちあひそひてそのゝちあひそひてそののちあいそいて侍侍はべるわらるわらるわらはべなりはべなりはべなり。。。さてさてさてははは閣下閣下かくかはははいかにといふめればいかにといふめればいかにというめれば。。。よつぎがいらへよつぎがいらへよつぎがいらえ。。。
- 24それそれそれははは侍侍さぶらいししし時時ときのなりのなりのなり。。。けふけふきょうももろともにまいらんとももろともにまいらんとももろともにまいらんと出出でたちたちたち侍侍はべりつれどりつれどりつれど。。。はやはやはやみみみををを侍侍はべりつればりつればりつれば。。。くちくちくちをををしうもえまいりしうもえまいりしゅうもえまいり侍侍はべらずなりぬるとらずなりぬるとらずなりぬると。。。
- 25あはれにいひかたらひてなくめれどあはれにいひかたらひてなくめれどあわれにいいかたらいてなくめれど。。。なみだおつともなみだおつともなみだおつとも見見みえずえずえず。。。
現代語訳
先ごろ、雲林院の菩提講に参詣しましたところ、普通の人よりはひどく年をとって、異様な感じのする翁が二人、媼と行き合って、同じ所に座ったようでした。なんと同じような老人たちのありさまだなあと見ておりますと、この人たちは笑って顔を見合わせて言うことには、「長年、昔なじみの人に会って、どうにかして世の中の見聞きしてきたことを話し合いたい、今の入道殿下(藤原道長)のご様子についても、語り合いたいものだと思っていたが、なんともうれしいことにお会いできたものだ。これで安心して冥土へも参れるというもの。思っていることを言わずにいるのは、なるほど腹がふくれるような気持ちがするものだ。だからこそ昔の人は、ものを言いたくなると、穴を掘ってその中に言い入れたのでしょうと思われます。かえすがえすもうれしく対面したものだ」。
「それにしても、おいくつになられたのか」と言うと、もう一人の翁が、「いくつということも、まったく覚えておりません。ただし私は、亡き太政大臣貞信公(藤原忠平)が蔵人少将と申し上げていたころの、小舎人童の大犬丸ですよ。あなたはその御時の、母后の宮(宇多天皇の母、班子女王)の御方の召使いで、高名の大宅世継と言っていましたよね。ですから、あなたのお年は私よりずっと上でいらっしゃるでしょう。私が小童だったとき、あなたは二十五、六歳ぐらいの男でいらしたのだから」と言うようなので、世継は、「そうそう、そうでした。ところであなたのお名前は何といいましたかな」と言うようです。「亡き太政大臣殿のところで元服いたしましたとき、『おまえの姓は何か』とおっしゃったので、『夏山と申します』と申し上げたところ、そのまま繁樹と名をつけてくださったのです」などと言うので、まったくあきれてしまいました。
だれもかれも、少しましな身分の者たちはみな、こちらを見て寄ってきたりしました。年は三十ぐらいの、生侍らしい者が、しきりに寄ってきて、「いやあ、たいへんおもしろいことを言う老人たちですなあ。しかしまったく信じられませんね」と言うと、翁二人は顔を見合わせて、大声で笑います。
若侍が、繁樹と名のる翁のほうを見やって、「あなたは年をいくつか覚えていないと言うようだ。こちらの翁は覚えていらっしゃいますか」と言うと、世継は「言うまでもない。百五十歳に、今年はなりました。ですから繁樹は、百四十にはなっているでしょう」と、遠慮がちに申すのです。「私は水尾の帝(清和天皇)がご在位の年の正月十五日に生まれましたので、十三代の帝にお仕え申してきたのです。悪くない年でしょう。本当かと人々はお思いにならないでしょう。けれども父が、身分の低い学生にお仕え申していて、下臈ではあっても都の近くに住んでいたこともありますので、目を見張って産着に書きつけておいたものが、いまもあります。丙申の年の生まれです」と言うのも、なるほどと聞こえます。
もう一人に向かって、「やはり翁の年を聞きたいものだ。生まれた年は知っていますか。それでたやすく数えられるでしょう」と言うようなので、「私は実の親にも付き添っておりません。他人のもとに養われて、十二、三歳まで一緒におりましたので、はっきりとは申しません。ただ、『私は子を産むこともよく知らなかったのに、主人のお使いで市へ出かけたとき、また自分の分としても銭十貫を持っておりましたところ、かわいらしい赤ん坊を抱いた女が、「この子を人に手放そうと思う。子を十人まで産んで、この子は四十歳のときの子で、そのうえ五月にまで生まれて扱いにくいのだ」と言いましたので、この持っていた銭と取り替えて来たのだ』と、『姓は何というのか』と尋ねましたところ、『夏山』とは申したということです。そうして十二、三歳で、太政大臣殿(忠平)のお屋敷に参ったのです」などと言って、
「それにしても、うれしく対面したものだ。仏のご利益なのでしょう。長年、あちこちの説経がたいへんな評判だとは聞いても、なに、行くまでもないと思って、参ることもしませんでした。ありがたくも思い立って参ったのがうれしいことで」と言って、「そこにいらっしゃるのは、その当時の奥方のようにお見えになりますかな」と言うようなので、繁樹の答えは、「いやいや、そうではありません。その者はとうに亡くなりましたので、これはその後連れ添っている女です。ところであなたの奥方は」と言うようなので、世継の答えは、「それは、ずっといる昔の者です。今日も一緒に参ろうと支度しておりましたが、瘧病(おこり)にかかって、ちょうど発作の日にあたっておりましたので、残念なことに参れなくなりました」と、しみじみと語り合って泣くようですが、涙が落ちるとも見えません。
意訳
『大鏡』は、こうして芝居の幕が開くように始まる。場所は京の北、紫野の雲林院。法華経を講ずる菩提講の会場で、講師の到着を待つ人々の中に、百歳をはるかに超えた二人の老人がいた。物語の語り手(「侍し」と言う「私」)は、その場に居合わせて二人の話を聞き書きした人物という設定である。
二人の老人はたがいに名のり合い、年を数え合う。世継は宇多天皇の母后に仕えた召使い、繁樹は藤原忠平に仕えた小舎人童だったという。生まれ年の干支まで示して「十三代の帝に会ってきた」と誇る世継に、周りの人々はあきれ、若い侍は「信じられない」と冷やかす。歴史の生き証人としての二人の資格を、あえて疑わせながら印象づける、巧みな導入である。
「思っていることを言わずにいるのは腹がふくれる」ということばは、のちに兼好法師が『徒然草』第十九段で「おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざ」と引いたことでも知られる。語りたいことを胸いっぱいにためた老人たちの、これから始まる長い昔語りへの期待がふくらむ。
語釈・文法注
- 雲林院
- 京の北、紫野にあった寺。もとは淳和天皇の離宮で、のち寺となった。菩提講が行われ、多くの人が集まった。
- ぼだいかう
- 菩提講。極楽往生を願って法華経を講説する法会。雲林院の菩提講は毎年五月に行われた。
- うちわらひみかはして
- 笑って顔を見合わせて。
- よみぢ
- 黄泉路。冥土へ行く道。
- はらふくるゝ
- 腹がふくれる。言いたいことを言わずにいると、腹の中にたまって不快だということ。
- あなをほりて
- 穴を掘って、その中に言いたいことを言い入れる。言いたいことを我慢できない人のたとえ。
- 貞信公
- 藤原忠平(880〜949)。基経の四男。朱雀・村上天皇のとき摂政・関白。貞信公は諡(おくりな)。
- こどねりわらは
- 小舎人童。貴人に仕えて雑用をする少年。
- 母の后の宮
- 宇多天皇の母、班子女王。
- よつぎ
- 大宅世継(おおやけのよつぎ)。この作品の主な語り手。「世継」は世を継ぐ、つまり歴史を語り継ぐ者という意味をこめた名。
- しげき
- 夏山繁樹(なつやまのしげき)。世継の話の相づち役となる、もう一人の老人。
- なまさぶらひ
- 生侍。若くて未熟な侍。この若侍が、以後の話の聞き手・質問役となる。
- みづのをの御門
- 水尾の帝。清和天皇。晩年に丹波の水尾に住み、陵もそこにある。
- もちの日
- 望月の日。十五日。
- なまがくしやう
- 生学生。大学寮の、まだ一人前でない学生。
- うぶぎぬ
- 産着。生まれた子に初めて着せる着物。そこに生年を書きつけておいたという。
- 丙申
- ひのえさる。貞観十八年(876)にあたる。
- 十貫
- 銭一貫は一千文。十貫は一万文。
- 五月にさへむまれて
- 五月生まれの子は親にたたるとして忌まれた。
- わらはやみ
- 瘧(おこり)。周期的に発熱する病気。
- あたりび
- 当たり日。瘧の発作が起こる日。
文法
- ゐぬめり
- 「ゐ」はワ行上一段動詞「ゐる(座る)」の連用形、「ぬ」は完了、「めり」は推量(見たところ〜のようだ)。語り手が目で見たことを示す「めり」が、この作品では繰り返し使われる。
- 申あはせばや
- 「ばや」は自己の願望の終助詞。話し合いたいものだ。
- いひいれ侍りけめ
- 「けめ」は過去推量の助動詞「けむ」の已然形。上の「こそ」の結び。言い入れたのだろう。
- まさりたてまつらんかし
- 「たてまつる」は謙譲の補助動詞で、相手(世継)への敬意。「ん」は推量、「かし」は念を押す終助詞。
- いませしか
- 「います」は「あり」の尊敬語。「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、「こそ」の結び。
- しむぜられね
- 「信ぜ(しんぜ)られね」。「られ」は可能、「ね」は打消「ず」の已然形で「こそ」の結び。とても信じることができない。
- けしうはさぶらはぬ
- 「けしうはあらず」の丁寧な言い方。悪くはない、まあまあだ。
- おぼさじ
- 「おぼす」は「思ふ」の尊敬語、「じ」は打消推量。お思いにならないでしょう。
- かぞへてむ
- 「て」は完了「つ」の未然形で強調、「む」は推量・可能。きっと数えられるだろう。
解説
『大鏡』は、語り手が菩提講の場で老人たちの話を聞いて書きとめた、という形をとる。地の文に「侍り」「侍し」と丁寧語が使われるのは、この語り手が読者に向かって話しているからである。会話文と地の文が切れ目なく続き、「〜といふめれば」(〜と言うようなので)と、その場で見聞きしている臨場感を出している。
底本の『国史大系』は、世継の年を「一百五十」、繁樹を「百四十」と刷るが、頭注に「諸本作九」「諸本作八」とあるように、多くの本では世継は百九十歳、繁樹は百八十歳である。世継が水尾の帝(清和天皇)の世に生まれ、物語の「今」(万寿二年=1025)まで「十三代にあひたてまつりて」と言うことや、生年の丙申(貞観十八年=876)から数えると、万寿二年には百五十歳になる。百九十歳とする本の数え方とは合わないところがあり、古くから議論のある箇所である。このページでは底本どおりに訳した。
繁樹の話によれば、彼は実の親を知らず、生まれたばかりのころ銭十貫と引き換えにもらわれてきた子である。五月生まれを嫌われて手放されたという話は、当時の民間の習俗を伝える記事としても注目される。
関連
出典
- 底本
- 経済雑誌社編『国史大系』第17巻(大鏡) 経済雑誌社、明治34年(1901)、459〜462頁(コマ245–247)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日