枕草子 第320段 随想的章段
跋文
『枕草子』の結び。暗くなって字も書けなくなり、筆も使い果たした。この草子は人に見せるつもりもなく、里居のつれづれに目に見え心に思うことを書き集めたものである。内大臣伊周が中宮に献上した紙を、作者が「枕にこそはし侍らめ」と申し上げて賜ったのが始まりで、思うことを戯れに書きつけたのに、人に見られてしまったのが悔しいと述べる。
- 1ものものものくらうくらうくろうなりなりなりててて文字文字もじもももかゝかゝかかれれれずずずなりなりなりたりたりたり。。。筆筆ふでももも使使つかひひいはてゝはてゝはててこれこれこれををを書書かきききはてはてはてばやばやばや。。。このこのこの草紙草紙そうしははは目目めににに見見みえええ心心こころににに思思おもふふう事事ことををを人人ひとやややははは見見みむむむずるずるずるととと思思おもひひいててて、、、つれづれつれづれつれずれなるなるなる里里さと居居いのののほどほどほどににに書書かききき集集あつめめめたるたるたるををを、、、あいなくあいなくあいなく人人ひとのののためためためびんなきびんなきびんなきいひいひいい過過すぐしぐしぐしなどなどなどしししつつつべきべきべき所々所々ところどころもももあれあれあればばば、、、きようきようきようかくしかくしかくしたりたりたりととと思思おもふふうををを、、、淚淚なみだせきせきせきあへあへあえずずずこそこそこそなりなりなりにににけれけれけれ。。。宮宮みやののの御御お前前まえにににうちうちうちのののののの奉奉たてまつりりり給給たまへへえりりりけるけるけるををを、、、「「「これこれこれににに何何なにをををかかかゝゝかましましまし。。。うへうへうえののの御御お前前まえにににははは史記史記しきととといふいふいう文文ふみををを書書かかかかせせせ給給たまへへえるるる」」」などなどなどのたまはせのたまはせのたまわせしししををを「「「枕枕まくらにににこそこそこそはははししし侍侍はべらららめめめ」」」ととと申申もうしゝしゝししかかかばばば「「「さささばばば得得えよよよ」」」とてとてとて賜賜たまははわせせせたりたりたりしししををを、、、あやしきあやしきあやしきをををこよこよこよややや何何なにやややとととつきつきつきせせせずずずおほかるおほかるおおかる紙紙かみののの數數かずををを書書かきききつくさつくさつくさむむんとととせせせしししににに、、、いといといと物物ものおぼえおぼえおぼえぬぬぬことことことぞぞぞおほかるおほかるおおかるややや。。。大大おおかたかたかたこれこれこれははは世世よののの中中なかにににをかしきをかしきおかしき事事ことををを、、、人人ひとのののめでたしめでたしめでたしなどなどなど思思おもふふうべきべきべき事事こと、、、猶猶なおえりえりえり出出いでゝでゝでて歌歌うたなどなどなどをををももも木木き草草くさ鳥鳥とり蟲蟲むしをををもももいひいひいい出出いだしししたらたらたらばばばこそこそこそ、、、思思おもふふうほどほどほどよりよりよりはははわろしわろしわろし心心こころ見見みえええなりなりなりともともともそしらそしらそしられれれめめめ、、、唯唯ただ心心こころひとつひとつひとつにににおのづからおのづからおのずから思思おもふふうことことことをををたはぶれたはぶれたわぶれににに書書かきききつけつけつけたれたれたればばば、、、物物ものににに立立たちちちまじりまじりまじり、、、人人ひとなみなみなみなみなみなみなるなるなるべきべきべき耳耳みみをををももも聞聞きくくくべきべきべきものものものかかかはははととと思思おもひひいしししににに、、、「「「はづかしきはづかしきはずかしき」」」などなどなどももも見見みるるる人人ひとはははのたまふのたまふのたまうなれなれなればばば、、、いといといとあやしくあやしくあやしくぞぞぞあるあるあるややや。。。げにげにげにそれそれそれもももことわりことわりことわり、、、人人ひとのののにくむにくむにくむをををももも善善よしししととといひいひいい、、、譽譽ほむるむるむるをををももも惡惡あしししととといふいふいうははは、、、心心こころのののほどほどほどこそこそこそおしおしおしはからはからはからるれるれるれ。。。唯唯ただ人人ひとににに見見みえええけむけむけんぞぞぞねたきねたきねたきややや。。。
現代語訳
あたりが暗くなって、字も書けなくなった。筆も使い果たして、これを書き終えてしまいたい。この草子は、目に見え心に思うことを、まさか人が見るだろうかと思って、所在ない里住まいのあいだに書き集めたのだが、あいにく人のために都合の悪い言い過ぎなどもしてしまいそうな所々もあるので、うまく隠しておいたと思っていたのに、涙が止められないほど残念なことに、人に知られてしまった。中宮様の御前に、内大臣殿が献上なさった紙を、中宮様が「これに何を書こうかしら。帝の御前では『史記』という書物をお書きになったそうよ」などとおっしゃったので、私が「枕でございましょう」と申し上げたところ、「それならあなたにあげましょう」と言って下さったのを、妙なことをあれこれと、尽きることなくたくさんある紙の数だけ書き尽くそうとしたので、たいそう訳のわからないことが多いのだよ。だいたいこれは、世の中でおもしろいことや、人がすばらしいなどと思うにちがいないことを、やはり選び出して、歌なども、木や草、鳥や虫のことも書き出したのなら、思ったよりは下手だ、底が見えたと非難もされようが、ただ自分の心ひとつに、自然と思うことを戯れに書きつけたのだから、ほかの書物の中に立ちまじり、人並みに評判を聞くようなものだろうかと思っていたのに、「こちらが恥ずかしくなるほどだ」などと、読んだ人はおっしゃるそうなので、たいそう妙なことだ。なるほどそれももっともで、人が憎むことをよいと言い、人がほめることを悪いと言う人は、その心のほどが推し量られる。ただ、人に見られてしまったことが悔しいことよ。
意訳
『枕草子』全体を締めくくる跋文である。作者はこの書の成り立ちを語る。内大臣伊周が献上した紙を前に、中宮が「何を書こうか。帝は『史記』を書かれた」と言うと、作者は「枕でしょう」と答え、その紙を賜った。こうして、人に見せるつもりもなく、心に浮かぶことを戯れに書きつけたのがこの草子だという。ところが思いがけず人に知られ、「すばらしい」と言われてしまう。作者は謙遜しながらも、人と違うことをよしとする自分の感性を誇らしく思っている。最後の「ただ人に見えけむぞねたきや」という一言には、照れと自負とが入りまじっている。
語釈・文法注
- うちのおとゞ
- 内大臣藤原伊周。中宮定子の兄。正暦五年(994)に内大臣となった。
文法
- 「枕にこそは」
- 「枕」の意味には諸説あり、『史記』(しき)に対して「敷物(しきもの)としての枕」とした洒落、手もとに置く備忘録の意などとされる。これが書名『枕草子』の由来とされる。
- 「きようかくしたり」
- うまく隠しておいた。
- 「心見え」
- 心の底が見えること。
解説
『枕草子』の成立事情を作者自身が語る、きわめて重要な段である。書名の由来とされる「枕」の解釈をめぐって、古来さまざまな説がある。
人に見せるつもりはなかったと言いながら、「はづかしき」と評されたことを書き添える作者の筆には、自分の書いたものへの確かな自信がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、367–368頁(コマ195–196)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日