古典ライブラリー

蜻蛉日記 下巻 第57章

巻末歌集(二)

巻末歌集の後半には、兼家に代わって詠んだ日陰の糸の歌、女院の八講への捧げ物の歌、道綱との橘の贈答、尼に家を借りられなかった中将の歌、粟田野や小野殿の花の歌、駒くらべの負けわざの歌などが続く。最後に、寛和二年の歌合に出した題詠の歌を収め、集めた人の短い言葉で終わる。

  1. 1入にふ入にふにゅう道だう道だうどう殿との殿とのとの、、、中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん爲ため爲ためため雅まさ雅まさまさ朝あ朝ああ臣そん臣そんそんのののむすめむすめむすめををを忘わす忘わすわすれれれ給たま給たまたまひひいにににけるけるける後のち後のちのち、、、「「「日ひ日ひひ陰かげ陰かげかげののの糸いと糸いといと結むす結むすむすびびびててて」」」とてとてとて給たま給たまたまへへえりりりけれけれければばば、、、それそれそれにににかはりかはりかわりててて、、、
  2. 2「「「かけかけかけててて見み見みみししし末すゑ末すゑすえももも絕た絕たたえええにににししし日ひ日ひひ陰かげ陰かげかげ草ぐさ草ぐさぐさなになになにゝゝによそへよそへよそえててて今日けふ今日けふきょう結むす結むすむすぶぶぶらむらむらん」」」。。。
  3. 3女によう女にようにょう院ゐん院ゐんいんいまだいまだいまだ位くらゐ位くらゐくらいにににおはしましおはしましおわしましゝゝしをりをりおり八はつ八はつはっ講かう講かうこう行おこな行おこなおこなははわせせせ給たま給たまたまひひいけるけるける棒ささ棒ささささげげげ物もの物ものものにににはちすはちすはちすののの珠じゆ珠じゆじゅ數ず數ずず參まゐ參まゐまいらせらせらせ給たま給たまたまふふうとてとてとて、、、
  4. 4「「「となふとなふとなうなるなるなる波なみ波なみなみののの數かず數かずかずにににはははあらあらあらねねねどもどもどもはちすはちすはちすのののうへうへうえののの露つゆ露つゆつゆにににかゝらかゝらかからむむん」」」。。。
  5. 5同おな同おなおなじじじ頃ころ頃ころころ、、、傅ふ傅ふふののの殿との殿とのとの、、、橘たちばな橘たちばなたちばなををを參まゐ參まゐまいらせらせらせ給たま給たまたまへへえりりりけれけれければばば、、、
  6. 6「「「かばかりかばかりかばかりもももとひとひといやややはははしししつるつるつるほとゝぎすほとゝぎすほととぎすはなはなはな橘たちばな橘たちばなたちばなのののこゝこゝここにににこそこそこそありありありけれけれけれ」」」。。。
  7. 7かへしかへしかへし、、、
  8. 8「「「橘たちばな橘たちばなたちばなのののもりもりもりものものものならならならぬぬぬ身み身みみをををしれしれしればばばしづしづしずえええなくなくなくてててはははとはとはとはぬぬぬとととぞぞぞ聞き聞ききくくく」」」。。。
  9. 9小こ小ここ一いち一いちいち條でう條でうじょうののの大たい大たいたい將しやう將しやうしょう、、、ひつひつひつにににおはしおはしおわしけるけるけるににに、、、傅ふ傅ふふののの殿との殿とのとのををを「「「必かなら必かならかならずずずおはせおはせおわせ」」」とてとてとて、、、待ま待ままちちち聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいけるけるけるににに、、、雨あめ雨あめあめいたういたういとう降ふ降ふふりりりけれけれければばば、、、えええおはせおはせおわせぬぬぬ程ほど程ほどほどににに、、、隨ずゐ隨ずゐずい身じん身じんじん雨あめ雨あめあめいたういたういとうふりふりふりけれけれければばばえええおはせおはせおわせぬぬぬほどほどほどにににすゐじんすゐじんずいじん「「「したしたしたくらくらくらをををおほみおほみおおみ」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえりりりけるけるける、、、かへりかへりかえり事こと事ことことににに、、、
  10. 10「「「ぬれぬれぬれつゝつゝつつももも戀こひ戀こひこいしきしきしきみちみちみちはははよりよりよりなくなくなくにににまだきまだきまだきこへこへこえずずずゑゑえととと思おも思おもおもははわざらざらざらむむん」」」。。。
  11. 11中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうののの、、、尼あま尼あまあまににに家いへ家いへいえををを借か借かかりりり給たま給たまたまふふうににに、、、借か借かかじじじ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららざりざりざりけれけれければばば、、、
  12. 12「「「蓮はち蓮はちはち葉す葉すすののの浮うき浮うきうき葉は葉ははをををせばみせばみせばみこのこのこの世よ世よよにににもももやどらやどらやどらぬぬぬつゆつゆつゆととと身み身みみをををぞぞぞ知し知ししりりりぬるぬるぬる」」」。。。
  13. 13かへしかへしかへし、、、
  14. 14「「「はちすはちすはちすにににもももたまたまたまゐよゐよいよとととこそこそこそむすびむすびむすびしかしかしか露つゆ露つゆつゆははは心こころ心こころこころををを置お置おおきききたがへたがへたがえけりけりけり」」」。。。
  15. 15粟あは粟あはあわ田た田たた野の野のの見み見みみててて歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまふふうとてとてとて、、、
  16. 16「「「花はな花はなはな薄すすき薄すすきすすき招まね招まねまねきききもももやまやまやまぬぬぬやまやまやまざとざとざとにににこゝろこゝろこころのののかぎりかぎりかぎりとゞめとゞめとどめつるつるつるかなかなかな」」」。。。
  17. 17故こ故ここ爲ため爲ためため雅まさ雅まさまさ朝あ朝ああ臣そん臣そんそん、、、普ふ普ふふ門もん門もんもん寺じ寺じじににに千せん千せんせん部ぶ部ぶぶののの經きやう經きやうきょう供く供くく養やう養やうようするするするにににおはしおはしおわしててて歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまふふうににに、、、小を小をお野の野のの殿どの殿どのどのののの花はな花はなはないといといとおもしろかりおもしろかりおもしろかりけれけれければばば、、、車くるま車くるまくるま引ひ引ひひききき入い入いいれれれててて歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまふふうににに、、、
  18. 18「「「たきゞたきゞたきぎこるこるこることことことははは昨きの昨きのきの日ふ日ふうにににつきつきつきにににしししをををいざいざいざをををのののゝゝのえええはははこゝこゝここにににくたさくたさくたさむむん」」」。。。
  19. 19駒こま駒こまこまくらべくらべくらべのののまけまけまけわざわざわざとととおぼしくおぼしくおぼしくててて白しろ白しろしろ銀かね銀かねかねのののこりこりこりわりかわりかわりかをををしししててて院ゐん院ゐんいんににに奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんとととししし給たま給たまたまふふうににに、、、このこのこのけけけににに歌うた歌うたうたむむんとてとてとて攝せつ攝せつせつ政しやう政しやうしょう殿どの殿どのどのよりよりより歌うた歌うたうた聞きこ聞きこきこえさせえさせえさせ給たま給たまたまへへえりりりけれけれければばば、、、
  20. 20「「「千ち千ちち代よ代よよもももへへへよよよたちたちたちかへりかへりかえりつゝつゝつつ山やま山やまやま城しろ城しろしろのののこまこまこまにににくらべくらべくらべしししこりこりこりののの末すゑ末すゑすえなりなりなり」」」。。。
  21. 21繪ゑ繪ゑえののの所ところ所ところところににに、、、山やま山やまやま里ざと里ざとざとにににながめながめながめたるたるたる女をんな女をんなおんなありありあり。。。時ほとと時ほととほとと鳥ぎす鳥ぎすぎす鳴な鳴ななくくくににに、、、
  22. 22「「「都みやこ都みやこみやこびとびとびとねねねてててまつまつまつらららめめめやややほとゝぎすほとゝぎすほととぎすいまいまいまぞぞぞ山やま山やまやまべべべををを鳴な鳴ななきききててて過す過すすぐぐぐなりなりなり」」」。。。
  23. 23このこのこの歌うた歌うたうたははは寬くわん寬くわんかん和な和なな二に二にに年ねん年ねんねんののの歌うた歌うたうた合あはせ合あはせあわせにににありありあり。。。法師ほふし法師ほふしほうし舟ふね舟ふねふねににに乘の乘ののりりりたるたるたる所ところ所ところところ、、、
  24. 24「「「渡わた渡わたわたつつつ海うみ海うみうみはははあまあまあまののの舟ふね舟ふねふねこそこそこそありありありととと聞き聞ききけけけ乘の乘ののりりりたがへたがへたがえてててももも漕こ漕ここぎぎぎてててけるけるけるかなかなかな」」」。。。
  25. 25殿との殿とのとのかれかれかれ給たま給たまたまひひいててて後のち後のちのち、、、「「「通かよ通かよかよふふう人ひと人ひとひとあああべしべしべし」」」などなどなど聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいけれけれければばば、、、
  26. 26「「「いざいざいざさらさらさらはははいかなるいかなるいかなるこまこまこまかかかなつくなつくなつくべきべきべきすさめすさめすさめぬぬぬ草くさ草くさくさとととのがれのがれのがれにににししし身み身みみををを」」」。。。
  27. 27歌うた歌うたうた合あはせ合あはせあわせににに卯う卯ううののの花はな花はなはな、、、
  28. 28「「「卯う卯ううののの花はな花はなはなののの盛さかり盛さかりさかりなるなるなるべしべしべしやまやまやまざとざとざとのののころもころもころもさぼせさぼせさぼせるるるをりをりおりととと見み見みみゆるゆるゆるははは」」」。。。
  29. 29時ほとと時ほととほとと鳥ぎす鳥ぎすぎす、、、
  30. 30「「「ほとゝぎすほとゝぎすほととぎす今いま今いまいまぞぞぞさささわたるわたるわたる聲こゑ聲こゑこえすすすなるなるなるわわわががが吿つ吿つつげげげなくなくなくににに人ひと人ひとひとややや聞き聞ききくくくらむらむらん」」」。。。
  31. 31あやめあやめあやめ草ぐさ草ぐさぐさ、、、
  32. 32「「「菖あや菖あやあや蒲め蒲めめ草ぐさ草ぐさぐさ今日けふ今日けふきょうのののみぎはみぎはみぎわををを尋たづ尋たづたずぬれぬれぬればばばねねねをををしりしりしりてててこそこそこそかたよりかたよりかたよりにににけれけれけれ」」」。。。
  33. 33螢ほたる螢ほたるほたる、、、
  34. 34「「「五月雨さみだれ五月雨さみだれさみだれやややこここぐらきぐらきぐらき宿やど宿やどやどののの夕ゆふ夕ゆふゆうされされされはははおもおもおもてるてるてるまでまでまでもももてらすてらすてらすほたるほたるほたるかかか」」」。。。
  35. 35とこなつとこなつとこなつ、、、
  36. 36「「「咲さ咲ささきききにににけるけるける枝えだ枝えだえだなかりなかりなかりせせせばばばとこなつとこなつとこなつももものどけきのどけきのどけき名な名ななをををややや殘のこり殘のこりのこりさささゞらゞらざらましましまし」」」。。。
  37. 37蚊か蚊かか遣やり遣やりやり火び火びび、、、
  38. 38「「「あやあやあやなしなしなしややや宿やど宿やどやどののの蚊か蚊かかやりやりやり火び火びびつけつけつけそめそめそめてててかたらふかたらふかたらう虫むし虫むしむしののの聲こゑ聲こゑこえをををさけさけさけつるつるつる」」」。。。
  39. 39蟬せみ蟬せみせみ、、、
  40. 40「「「おくるおくるおくるととといふいふいう蟬せみ蟬せみせみののの初はつ初はつはつ聲こゑ聲こゑこえ聞き聞ききくくくよりよりよりぞぞぞいまいまいまかかかととと荻をぎ荻をぎおぎのののあきあきあきををを知し知ししりりりぬるぬるぬる」」」。。。
  41. 41夏なつ夏なつなつ草くさ草くさくさ、、、
  42. 42「「「こまこまこまやややくるくるくる人ひと人ひとひとややや別わ別わわくくくるるるととと待ま待ままつつつほどほどほどににに繁しげ繁しげしげりりりのみのみのみますますます宿やど宿やどやどのののなつなつなつくさくさくさ」」」。。。
  43. 43戀こひ戀こひこい、、、
  44. 44「「「思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ戀こひ戀こひこいひひいつゝつゝつつはははねねねじじじ逢あ逢ああふふうととと見み見みみるるる夢ゆめ夢ゆめゆめをををさめさめさめてててはははくやしかりくやしかりくやしかりけりけりけり」」」。。。
  45. 45いはひいはひいわい、、、
  46. 46「「「數かず數かずかず知し知ししらららぬぬぬ眞ま眞まま砂さご砂さごさごにににたづたづたずののの程ほど程ほどほどよりよりよりはははちぎりちぎりちぎりそめそめそめけむけむけん千ち千ちち代よ代よよぞぞぞすくなきすくなきすくなき」」」。。。
  47. 47心こころ心こころこころ得え得ええぬぬぬ所ところ所ところところ々どころ々どころどころははは本ほん本ほんほんのののまゝまゝままににに書か書かかけけけりりり。。。賀が賀ががののの歌うた歌うたうたははは日にっ日にっにっ記き記ききにににあれあれあればばば書か書かかかかかずずず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

入道殿(兼家)が、中納言為雅朝臣の娘をお忘れになった後、「日陰の糸を結んで(ほしい)」と言っておよこしになったので、その娘に代わって、

「心にかけて見た末も絶えてしまった日陰草(の糸)を、何になぞらえて今日結ぶのでしょう」

女院(詮子)がまだ(后の)位にいらっしゃったころ、八講を行わせなさった捧げ物に、蓮の数珠を献上なさるというので、

「唱える(念仏の)波の数ではないけれど、蓮の上の露にかかりましょう(極楽往生にあずかりましょう)」

同じころ、傅の殿(道綱)が橘を(私に)贈ってこられたので、

「これほどまでに(あなたは)訪ねてくれたでしょうか、ほととぎすよ。花橘はここにこそあったのですね」

返しは、

「橘の守り物でもない身だと知っているので、下枝がなくては訪れないと聞いております」

小一条の大将が……にいらっしゃったときに、傅の殿を「必ずおいでください」と言って、お待ち申し上げていらっしゃったが、雨がひどく降ったので、おいでになれないうちに、(大将が)随身(を通して)……「下暗が多いので」と申し上げなさった、その返事に、

「濡れながらも恋しい道は、寄るべもないのに、まだ……とは思わないでしょう」

中将が、尼に家を借りようとなさったのに、お貸ししなかったので、

「蓮の葉の浮き葉が狭いので、この世にも宿らない露のような身だと思い知りました」

返しは、

「蓮にも玉となって居よと結んだのですが、露(あなた)は心を置き違えたのですね」

粟田野を見てお帰りになるというので、

「花薄が招きやまない山里に、心のすべてをとどめてきたことです」

故為雅朝臣が、普門寺で千部の経の供養をするのにおいでになって帰りなさるときに、小野殿の花がたいそう美しかったので、車を引き入れて帰りなさるときに、

「薪を樵ること(法華経の供養)は昨日で終わったので、さあ斧の柄はここで朽ちさせましょう(花に見とれて時を忘れましょう)」

駒くらべの負けわざと思われて、白銀の……をして院に献上しようとなさったときに、……歌を(添えよ)と、摂政殿から歌を(求めて)申し上げなさったので、

「千代も経よ。くり返しながら、山城の駒にくらべた……の末なのです」

絵の所に、山里で物思いにふける女がいる。ほととぎすが鳴くので、

「都の人は寝ていて待っているでしょうか。ほととぎすは、今こそ山辺を鳴いて過ぎていきます」

この歌は寛和二年の歌合にある。法師が舟に乗っている所に、

「大海には海人の舟があると聞いていますが、乗り違えて(尼ならぬ法師が)漕いでいることですね」

殿(兼家)が離れてしまわれた後、「通う人がいるのだろう」などと申しなさったので、

「さあ、それでは、どんな駒がなつくでしょう。誰も相手にしない草だと、(世を)逃れてしまった身に」

歌合に、卯の花(の題で)、

「卯の花の盛りなのでしょう。山里で衣を干している時と見えるのは」

ほととぎす(の題で)、

「ほととぎすが今こそ渡っていく声がするようです。私が知らせないのに、人は聞いているでしょうか」

菖蒲草(の題で)、

「菖蒲草を今日の水際に尋ねると、根(音)を知って(一方に)片寄っていたのですね」

蛍(の題で)、

「五月雨のころ、木暗い宿の夕暮れは、顔が照るまでも照らす蛍であることよ」

とこなつ(の題で)、

「咲いた枝がなかったなら、とこなつ(常夏)も、のどかな名を残さなかったでしょう」

蚊遣火(の題で)、

「わけもないことよ。宿の蚊遣火をつけ始めて、語らう虫の声を避けてしまったことだ」

蝉(の題で)、

「(夏を)送るという蝉の初声を聞くと、今こそと荻の秋を知ったことです」

夏草(の題で)、

「駒(若い人)が来るか、人が分けて来るかと待つうちに、茂るばかりの宿の夏草です」

恋(の題で)、

「思いながら恋いながら寝まい。逢うと見る夢を、覚めたらくやしいのだから」

祝い(の題で)、

「数え切れない真砂に(住む)鶴の(齢の)程よりは、契り初めた千代こそ少ないことです(もっと長いのです)」

(集めた人の言葉)意味のわからない所々は、もとの本のままに書いた。賀の歌は日記にあるので書かない。

意訳

〔代作と贈答〕兼家に忘れられた為雅の娘に代わって詠んだ日陰の糸の歌、女院の八講への捧げ物の歌、道綱との橘の贈答、尼に家を借りられなかった中将の歌など、さまざまな人に代わって詠んだ歌が続く。

〔花と旅〕粟田野の薄、小野殿の花など、人々の外出の折の歌も収められている。小野殿の歌は、斧の柄が朽ちるまで時を忘れたという中国の故事をふまえる。

〔いかなる駒か〕兼家が離れた後、「通う人がいるのだろう」と言われて詠んだ歌は、日記の第52章の歌と、初句を少し変えて重なっている。

〔歌合の題詠〕最後に、寛和二年の歌合に出した卯の花・ほととぎす・菖蒲・蛍・とこなつ・蚊遣火・蝉・夏草・恋・祝いの題詠を収める。集めた人は「意味のわからない所は元の本のままに書いた」と記して、歌集を結んでいる。

語釈・文法注

文法

「入道殿」
出家した兼家。永延二年(990)に出家した。
「日陰の糸」
日陰の鬘(かずら)。大嘗会・新嘗祭などの神事で冠につける糸飾り。
「女院」
東三条院詮子。兼家の娘で、円融天皇の女御、一条天皇の母。
「八講」
法華八講。法華経八巻を八座に分けて講じる法会。
「棒げ物」
底本どおり。「捧げ物」の誤植と思われる。
「傅の殿」
東宮傅、藤原道綱。
「小一條の大將」
藤原済時か。
「ひつにおはしける」
底本どおり。意味がとりにくい。
「隨身雨いたうふりければえおはせぬほどにすゐじん」
底本どおり。前の文がくり返されている。
「まだきこへずゑと」
底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
「借じ奉らざりければ」
底本どおり。「貸し奉らざりければ」の意に解する。
「普門寺」
京の北、岩倉にあった寺。
「をのゝえはこゝにくたさむ」
斧の柄はここで朽ちさせよう。仙人の碁を見ているうちに斧の柄が朽ちるほど時がたったという中国の故事(爛柯)をふまえる。「小野」を掛ける。
「駒くらべのまけわざ」
競馬に負けた側が勝った側をもてなす催し。
「こりわりか」
底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
「このけに歌むとて」
底本どおり。注記に異文がある。
「攝政殿」
摂政。兼家をさすか。
「寬和二年の歌合」
寛和二年(986)六月十日の内裏歌合。
「あまの舟」
「海人」と「尼」を掛ける。
「いざさらはいかなるこまか」
日記の第52章の「今更にいかなるこまかなつくべき」の歌と重なる。
「ころもさぼせる」
衣を干している。卯の花の白さを干した衣に見立てる。
「さわたる」
底本どおり。「さ渡る」。
「おもてる」
顔が照る。
「心得ぬ所々は本のまゝに書けり」
歌集を集めた人の言葉。底本の注記に「以下後人所書歟」とある。

和歌

かけて見し末も絕えにし日陰草なにゝよそへて今日結ぶらむ

詠者
道綱母
状況
兼家に忘れられた為雅の娘に代わって、日陰の糸を結ぶよう頼まれて詠んだ歌。

修辞

掛詞
「かけて」に心に「掛けて」と糸を「掛けて」を掛ける。

となふなる波の數にはあらねどもはちすのうへの露にかゝらむ

詠者
道綱母
状況
女院の八講に蓮の数珠を捧げるときの歌。

かばかりもとひやはしつるほとゝぎすはな橘のこゝにこそありけれ

詠者
道綱母
状況
道綱が橘を贈ってきたときの歌。

橘のもりものならぬ身をしればしづえなくてはとはぬとぞ聞く

詠者
藤原道綱
状況
母への返歌。

ぬれつゝも戀しきみちはよりなくにまだきこへずゑと思はざらむ

詠者
道綱母
状況
小一条の大将への返事の歌。

蓮葉の浮葉をせばみこの世にもやどらぬつゆと身をぞ知りぬる

詠者
道綱母
状況
尼に家を借りられなかった中将に代わって詠んだ歌。

はちすにもたまゐよとこそむすびしか露は心を置きたがへけり

詠者
尼
状況
返歌。

花薄招きもやまぬやまざとにこゝろのかぎりとゞめつるかな

詠者
道綱母
状況
粟田野を見て帰るときの歌。

たきゞこることは昨日につきにしをいざをのゝえはこゝにくたさむ

詠者
道綱母
状況
普門寺の千部経供養の帰りに、小野殿の花を見て詠んだ歌。

修辞

掛詞
「をの」に「斧」と「小野」を掛ける。
本説
斧の柄が朽ちるまで時を忘れたという爛柯の故事をふまえる。

千代もへよたちかへりつゝ山城のこまにくらべしこりの末なり

詠者
道綱母
状況
駒くらべの負けわざの献上品に添えた歌。

都びとねてまつらめやほとゝぎすいまぞ山べを鳴きて過ぐなり

詠者
道綱母
状況
山里で物思いする女の絵に添えた歌。寛和二年の歌合の歌。

渡つ海はあまの舟こそありと聞け乘りたがへても漕ぎてけるかな

詠者
道綱母
状況
法師が舟に乗っている絵に添えた歌。

修辞

掛詞
「あま」に「海人」と「尼」を掛ける。

いざさらはいかなるこまかなつくべきすさめぬ草とのがれにし身を

詠者
道綱母
状況
兼家が離れた後、通う人がいるのだろうと言われて詠んだ歌。

修辞

本歌
「大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」(『古今和歌集』雑上)をふまえる。

卯の花の盛なるべしやまざとのころもさぼせるをりと見ゆるは

詠者
道綱母
状況
歌合の「卯の花」の題。

修辞

見立て
卯の花の白さを、山里で干す白い衣に見立てる。

ほとゝぎす今ぞさわたる聲すなるわが吿げなくに人や聞くらむ

詠者
道綱母
状況
歌合の「ほととぎす」の題。

菖蒲草今日のみぎはを尋ぬればねをしりてこそかたよりにけれ

詠者
道綱母
状況
歌合の「菖蒲」の題。

修辞

掛詞
「ね」に「根」と「音」を掛ける。

五月雨やこぐらき宿の夕されはおもてるまでもてらすほたるか

詠者
道綱母
状況
歌合の「蛍」の題。

咲きにける枝なかりせばとこなつものどけき名をや殘さゞらまし

詠者
道綱母
状況
歌合の「とこなつ」の題。

あやなしや宿の蚊やり火つけそめてかたらふ虫の聲をさけつる

詠者
道綱母
状況
歌合の「蚊遣火」の題。

おくるといふ蟬の初聲聞くよりぞいまかと荻のあきを知りぬる

詠者
道綱母
状況
歌合の「蝉」の題。

こまやくる人や別くると待つほどに繁りのみます宿のなつくさ

詠者
道綱母
状況
歌合の「夏草」の題。

思ひつゝ戀ひつゝはねじ逢ふと見る夢をさめてはくやしかりけり

詠者
道綱母
状況
歌合の「恋」の題。

數知らぬ眞砂にたづの程よりはちぎりそめけむ千代ぞすくなき

詠者
道綱母
状況
歌合の「祝い」の題。

解説

巻末歌集の後半には、兼家の出家(永延二年・988〜990年ごろ)や、女院詮子、寛和二年(986)の歌合など、日記の終わった天延二年(974)よりかなり後の歌が収められている。作者が日記を書き終えた後も、歌人として求めに応じて歌を詠み続けていたことがわかる。

「いざさらはいかなるこまか」の歌は、日記の第52章では「今更に」で始まり、兼家への返事として書かれていた。同じ歌が初句を変えて伝わっていることは、歌集の成り立ちを考えるうえで興味深い。

歌集は、「心得ぬ所々は本のまゝに書けり。賀の歌は日記にあれば書かず」という、集めた人の言葉で終わる。この言葉は、すでに乱れのある本をもとに書き写したことを示している。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、163–167頁(コマ84–86)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日