蜻蛉日記 下巻 第57章
巻末歌集(二)
巻末歌集の後半には、兼家に代わって詠んだ日陰の糸の歌、女院の八講への捧げ物の歌、道綱との橘の贈答、尼に家を借りられなかった中将の歌、粟田野や小野殿の花の歌、駒くらべの負けわざの歌などが続く。最後に、寛和二年の歌合に出した題詠の歌を収め、集めた人の短い言葉で終わる。
- 1入入にゅう道道どう殿殿との、、、中中ちゅう納納な言言ごん爲爲ため雅雅まさ朝朝あ臣臣そんのののむすめむすめむすめををを忘忘わすれれれ給給たまひひいにににけるけるける後後のち、、、「「「日日ひ陰陰かげののの糸糸いと結結むすびびびててて」」」とてとてとて給給たまへへえりりりけれけれければばば、、、それそれそれにににかはりかはりかわりててて、、、
- 2「「「かけかけかけててて見見みししし末末すえももも絕絕たえええにににししし日日ひ陰陰かげ草草ぐさなになになにゝゝによそへよそへよそえててて今日今日きょう結結むすぶぶぶらむらむらん」」」。。。
- 3女女にょう院院いんいまだいまだいまだ位位くらいにににおはしましおはしましおわしましゝゝしをりをりおり八八はっ講講こう行行おこなははわせせせ給給たまひひいけるけるける棒棒ささげげげ物物ものにににはちすはちすはちすののの珠珠じゅ數數ず參參まいらせらせらせ給給たまふふうとてとてとて、、、
- 4「「「となふとなふとなうなるなるなる波波なみののの數數かずにににはははあらあらあらねねねどもどもどもはちすはちすはちすのののうへうへうえののの露露つゆにににかゝらかゝらかからむむん」」」。。。
- 5同同おなじじじ頃頃ころ、、、傅傅ふののの殿殿との、、、橘橘たちばなををを參參まいらせらせらせ給給たまへへえりりりけれけれければばば、、、
- 6「「「かばかりかばかりかばかりもももとひとひといやややはははしししつるつるつるほとゝぎすほとゝぎすほととぎすはなはなはな橘橘たちばなのののこゝこゝここにににこそこそこそありありありけれけれけれ」」」。。。
- 7かへしかへしかへし、、、
- 8「「「橘橘たちばなのののもりもりもりものものものならならならぬぬぬ身身みをををしれしれしればばばしづしづしずえええなくなくなくてててはははとはとはとはぬぬぬとととぞぞぞ聞聞きくくく」」」。。。
- 9小小こ一一いち條條じょうののの大大たい將將しょう、、、ひつひつひつにににおはしおはしおわしけるけるけるににに、、、傅傅ふののの殿殿とのををを「「「必必かならずずずおはせおはせおわせ」」」とてとてとて、、、待待まちちち聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるけるににに、、、雨雨あめいたういたういとう降降ふりりりけれけれければばば、、、えええおはせおはせおわせぬぬぬ程程ほどににに、、、隨隨ずい身身じん雨雨あめいたういたういとうふりふりふりけれけれければばばえええおはせおはせおわせぬぬぬほどほどほどにににすゐじんすゐじんずいじん「「「したしたしたくらくらくらをををおほみおほみおおみ」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえりりりけるけるける、、、かへりかへりかえり事事ことににに、、、
- 10「「「ぬれぬれぬれつゝつゝつつももも戀戀こいしきしきしきみちみちみちはははよりよりよりなくなくなくにににまだきまだきまだきこへこへこえずずずゑゑえととと思思おもははわざらざらざらむむん」」」。。。
- 11中中ちゅう將將じょうののの、、、尼尼あまににに家家いえををを借借かりりり給給たまふふうににに、、、借借かじじじ奉奉たてまつらららざりざりざりけれけれければばば、、、
- 12「「「蓮蓮はち葉葉すののの浮浮うき葉葉はをををせばみせばみせばみこのこのこの世世よにににもももやどらやどらやどらぬぬぬつゆつゆつゆととと身身みをををぞぞぞ知知しりりりぬるぬるぬる」」」。。。
- 13かへしかへしかへし、、、
- 14「「「はちすはちすはちすにににもももたまたまたまゐよゐよいよとととこそこそこそむすびむすびむすびしかしかしか露露つゆははは心心こころををを置置おきききたがへたがへたがえけりけりけり」」」。。。
- 15粟粟あわ田田た野野の見見みててて歸歸かえりりり給給たまふふうとてとてとて、、、
- 16「「「花花はな薄薄すすき招招まねきききもももやまやまやまぬぬぬやまやまやまざとざとざとにににこゝろこゝろこころのののかぎりかぎりかぎりとゞめとゞめとどめつるつるつるかなかなかな」」」。。。
- 17故故こ爲爲ため雅雅まさ朝朝あ臣臣そん、、、普普ふ門門もん寺寺じににに千千せん部部ぶののの經經きょう供供く養養ようするするするにににおはしおはしおわしててて歸歸かえりりり給給たまふふうににに、、、小小お野野の殿殿どのののの花花はないといといとおもしろかりおもしろかりおもしろかりけれけれければばば、、、車車くるま引引ひききき入入いれれれててて歸歸かえりりり給給たまふふうににに、、、
- 18「「「たきゞたきゞたきぎこるこるこることことことははは昨昨きの日日うにににつきつきつきにににしししをををいざいざいざをををのののゝゝのえええはははこゝこゝここにににくたさくたさくたさむむん」」」。。。
- 19駒駒こまくらべくらべくらべのののまけまけまけわざわざわざとととおぼしくおぼしくおぼしくててて白白しろ銀銀かねのののこりこりこりわりかわりかわりかをををしししててて院院いんににに奉奉たてまつらららむむんとととししし給給たまふふうににに、、、このこのこのけけけににに歌歌うたむむんとてとてとて攝攝せつ政政しょう殿殿どのよりよりより歌歌うた聞聞きこえさせえさせえさせ給給たまへへえりりりけれけれければばば、、、
- 20「「「千千ち代代よもももへへへよよよたちたちたちかへりかへりかえりつゝつゝつつ山山やま城城しろのののこまこまこまにににくらべくらべくらべしししこりこりこりののの末末すえなりなりなり」」」。。。
- 21繪繪えののの所所ところににに、、、山山やま里里ざとにににながめながめながめたるたるたる女女おんなありありあり。。。時時ほとと鳥鳥ぎす鳴鳴なくくくににに、、、
- 22「「「都都みやこびとびとびとねねねてててまつまつまつらららめめめやややほとゝぎすほとゝぎすほととぎすいまいまいまぞぞぞ山山やまべべべををを鳴鳴なきききててて過過すぐぐぐなりなりなり」」」。。。
- 23このこのこの歌歌うたははは寬寬かん和和な二二に年年ねんののの歌歌うた合合あわせにににありありあり。。。法師法師ほうし舟舟ふねににに乘乘のりりりたるたるたる所所ところ、、、
- 24「「「渡渡わたつつつ海海うみはははあまあまあまののの舟舟ふねこそこそこそありありありととと聞聞きけけけ乘乘のりりりたがへたがへたがえてててももも漕漕こぎぎぎてててけるけるけるかなかなかな」」」。。。
- 25殿殿とのかれかれかれ給給たまひひいててて後後のち、、、「「「通通かよふふう人人ひとあああべしべしべし」」」などなどなど聞聞きこえええ給給たまひひいけれけれければばば、、、
- 26「「「いざいざいざさらさらさらはははいかなるいかなるいかなるこまこまこまかかかなつくなつくなつくべきべきべきすさめすさめすさめぬぬぬ草草くさとととのがれのがれのがれにににししし身身みををを」」」。。。
- 27歌歌うた合合あわせににに卯卯うののの花花はな、、、
- 28「「「卯卯うののの花花はなののの盛盛さかりなるなるなるべしべしべしやまやまやまざとざとざとのののころもころもころもさぼせさぼせさぼせるるるをりをりおりととと見見みゆるゆるゆるははは」」」。。。
- 29時時ほとと鳥鳥ぎす、、、
- 30「「「ほとゝぎすほとゝぎすほととぎす今今いまぞぞぞさささわたるわたるわたる聲聲こえすすすなるなるなるわわわががが吿吿つげげげなくなくなくににに人人ひとややや聞聞きくくくらむらむらん」」」。。。
- 31あやめあやめあやめ草草ぐさ、、、
- 32「「「菖菖あや蒲蒲め草草ぐさ今日今日きょうのののみぎはみぎはみぎわををを尋尋たずぬれぬれぬればばばねねねをををしりしりしりてててこそこそこそかたよりかたよりかたよりにににけれけれけれ」」」。。。
- 33螢螢ほたる、、、
- 34「「「五月雨五月雨さみだれやややこここぐらきぐらきぐらき宿宿やどののの夕夕ゆうされされされはははおもおもおもてるてるてるまでまでまでもももてらすてらすてらすほたるほたるほたるかかか」」」。。。
- 35とこなつとこなつとこなつ、、、
- 36「「「咲咲さきききにににけるけるける枝枝えだなかりなかりなかりせせせばばばとこなつとこなつとこなつももものどけきのどけきのどけき名名なをををややや殘殘のこりさささゞらゞらざらましましまし」」」。。。
- 37蚊蚊か遣遣やり火火び、、、
- 38「「「あやあやあやなしなしなしややや宿宿やどののの蚊蚊かやりやりやり火火びつけつけつけそめそめそめてててかたらふかたらふかたらう虫虫むしののの聲聲こえをををさけさけさけつるつるつる」」」。。。
- 39蟬蟬せみ、、、
- 40「「「おくるおくるおくるととといふいふいう蟬蟬せみののの初初はつ聲聲こえ聞聞きくくくよりよりよりぞぞぞいまいまいまかかかととと荻荻おぎのののあきあきあきををを知知しりりりぬるぬるぬる」」」。。。
- 41夏夏なつ草草くさ、、、
- 42「「「こまこまこまやややくるくるくる人人ひとややや別別わくくくるるるととと待待まつつつほどほどほどににに繁繁しげりりりのみのみのみますますます宿宿やどのののなつなつなつくさくさくさ」」」。。。
- 43戀戀こい、、、
- 44「「「思思おもひひいつゝつゝつつ戀戀こいひひいつゝつゝつつはははねねねじじじ逢逢あふふうととと見見みるるる夢夢ゆめをををさめさめさめてててはははくやしかりくやしかりくやしかりけりけりけり」」」。。。
- 45いはひいはひいわい、、、
- 46「「「數數かず知知しらららぬぬぬ眞眞ま砂砂さごにににたづたづたずののの程程ほどよりよりよりはははちぎりちぎりちぎりそめそめそめけむけむけん千千ち代代よぞぞぞすくなきすくなきすくなき」」」。。。
- 47心心こころ得得えぬぬぬ所所ところ々々どころははは本本ほんのののまゝまゝままににに書書かけけけりりり。。。賀賀がののの歌歌うたははは日日にっ記記きにににあれあれあればばば書書かかかかずずず。。。
現代語訳
入道殿(兼家)が、中納言為雅朝臣の娘をお忘れになった後、「日陰の糸を結んで(ほしい)」と言っておよこしになったので、その娘に代わって、
「心にかけて見た末も絶えてしまった日陰草(の糸)を、何になぞらえて今日結ぶのでしょう」
女院(詮子)がまだ(后の)位にいらっしゃったころ、八講を行わせなさった捧げ物に、蓮の数珠を献上なさるというので、
「唱える(念仏の)波の数ではないけれど、蓮の上の露にかかりましょう(極楽往生にあずかりましょう)」
同じころ、傅の殿(道綱)が橘を(私に)贈ってこられたので、
「これほどまでに(あなたは)訪ねてくれたでしょうか、ほととぎすよ。花橘はここにこそあったのですね」
返しは、
「橘の守り物でもない身だと知っているので、下枝がなくては訪れないと聞いております」
小一条の大将が……にいらっしゃったときに、傅の殿を「必ずおいでください」と言って、お待ち申し上げていらっしゃったが、雨がひどく降ったので、おいでになれないうちに、(大将が)随身(を通して)……「下暗が多いので」と申し上げなさった、その返事に、
「濡れながらも恋しい道は、寄るべもないのに、まだ……とは思わないでしょう」
中将が、尼に家を借りようとなさったのに、お貸ししなかったので、
「蓮の葉の浮き葉が狭いので、この世にも宿らない露のような身だと思い知りました」
返しは、
「蓮にも玉となって居よと結んだのですが、露(あなた)は心を置き違えたのですね」
粟田野を見てお帰りになるというので、
「花薄が招きやまない山里に、心のすべてをとどめてきたことです」
故為雅朝臣が、普門寺で千部の経の供養をするのにおいでになって帰りなさるときに、小野殿の花がたいそう美しかったので、車を引き入れて帰りなさるときに、
「薪を樵ること(法華経の供養)は昨日で終わったので、さあ斧の柄はここで朽ちさせましょう(花に見とれて時を忘れましょう)」
駒くらべの負けわざと思われて、白銀の……をして院に献上しようとなさったときに、……歌を(添えよ)と、摂政殿から歌を(求めて)申し上げなさったので、
「千代も経よ。くり返しながら、山城の駒にくらべた……の末なのです」
絵の所に、山里で物思いにふける女がいる。ほととぎすが鳴くので、
「都の人は寝ていて待っているでしょうか。ほととぎすは、今こそ山辺を鳴いて過ぎていきます」
この歌は寛和二年の歌合にある。法師が舟に乗っている所に、
「大海には海人の舟があると聞いていますが、乗り違えて(尼ならぬ法師が)漕いでいることですね」
殿(兼家)が離れてしまわれた後、「通う人がいるのだろう」などと申しなさったので、
「さあ、それでは、どんな駒がなつくでしょう。誰も相手にしない草だと、(世を)逃れてしまった身に」
歌合に、卯の花(の題で)、
「卯の花の盛りなのでしょう。山里で衣を干している時と見えるのは」
ほととぎす(の題で)、
「ほととぎすが今こそ渡っていく声がするようです。私が知らせないのに、人は聞いているでしょうか」
菖蒲草(の題で)、
「菖蒲草を今日の水際に尋ねると、根(音)を知って(一方に)片寄っていたのですね」
蛍(の題で)、
「五月雨のころ、木暗い宿の夕暮れは、顔が照るまでも照らす蛍であることよ」
とこなつ(の題で)、
「咲いた枝がなかったなら、とこなつ(常夏)も、のどかな名を残さなかったでしょう」
蚊遣火(の題で)、
「わけもないことよ。宿の蚊遣火をつけ始めて、語らう虫の声を避けてしまったことだ」
蝉(の題で)、
「(夏を)送るという蝉の初声を聞くと、今こそと荻の秋を知ったことです」
夏草(の題で)、
「駒(若い人)が来るか、人が分けて来るかと待つうちに、茂るばかりの宿の夏草です」
恋(の題で)、
「思いながら恋いながら寝まい。逢うと見る夢を、覚めたらくやしいのだから」
祝い(の題で)、
「数え切れない真砂に(住む)鶴の(齢の)程よりは、契り初めた千代こそ少ないことです(もっと長いのです)」
(集めた人の言葉)意味のわからない所々は、もとの本のままに書いた。賀の歌は日記にあるので書かない。
意訳
〔代作と贈答〕兼家に忘れられた為雅の娘に代わって詠んだ日陰の糸の歌、女院の八講への捧げ物の歌、道綱との橘の贈答、尼に家を借りられなかった中将の歌など、さまざまな人に代わって詠んだ歌が続く。
〔花と旅〕粟田野の薄、小野殿の花など、人々の外出の折の歌も収められている。小野殿の歌は、斧の柄が朽ちるまで時を忘れたという中国の故事をふまえる。
〔いかなる駒か〕兼家が離れた後、「通う人がいるのだろう」と言われて詠んだ歌は、日記の第52章の歌と、初句を少し変えて重なっている。
〔歌合の題詠〕最後に、寛和二年の歌合に出した卯の花・ほととぎす・菖蒲・蛍・とこなつ・蚊遣火・蝉・夏草・恋・祝いの題詠を収める。集めた人は「意味のわからない所は元の本のままに書いた」と記して、歌集を結んでいる。
語釈・文法注
文法
- 「入道殿」
- 出家した兼家。永延二年(990)に出家した。
- 「日陰の糸」
- 日陰の鬘(かずら)。大嘗会・新嘗祭などの神事で冠につける糸飾り。
- 「女院」
- 東三条院詮子。兼家の娘で、円融天皇の女御、一条天皇の母。
- 「八講」
- 法華八講。法華経八巻を八座に分けて講じる法会。
- 「棒げ物」
- 底本どおり。「捧げ物」の誤植と思われる。
- 「傅の殿」
- 東宮傅、藤原道綱。
- 「小一條の大將」
- 藤原済時か。
- 「ひつにおはしける」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「隨身雨いたうふりければえおはせぬほどにすゐじん」
- 底本どおり。前の文がくり返されている。
- 「まだきこへずゑと」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「借じ奉らざりければ」
- 底本どおり。「貸し奉らざりければ」の意に解する。
- 「普門寺」
- 京の北、岩倉にあった寺。
- 「をのゝえはこゝにくたさむ」
- 斧の柄はここで朽ちさせよう。仙人の碁を見ているうちに斧の柄が朽ちるほど時がたったという中国の故事(爛柯)をふまえる。「小野」を掛ける。
- 「駒くらべのまけわざ」
- 競馬に負けた側が勝った側をもてなす催し。
- 「こりわりか」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「このけに歌むとて」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「攝政殿」
- 摂政。兼家をさすか。
- 「寬和二年の歌合」
- 寛和二年(986)六月十日の内裏歌合。
- 「あまの舟」
- 「海人」と「尼」を掛ける。
- 「いざさらはいかなるこまか」
- 日記の第52章の「今更にいかなるこまかなつくべき」の歌と重なる。
- 「ころもさぼせる」
- 衣を干している。卯の花の白さを干した衣に見立てる。
- 「さわたる」
- 底本どおり。「さ渡る」。
- 「おもてる」
- 顔が照る。
- 「心得ぬ所々は本のまゝに書けり」
- 歌集を集めた人の言葉。底本の注記に「以下後人所書歟」とある。
和歌
かけて見し末も絕えにし日陰草なにゝよそへて今日結ぶらむ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 兼家に忘れられた為雅の娘に代わって、日陰の糸を結ぶよう頼まれて詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「かけて」に心に「掛けて」と糸を「掛けて」を掛ける。
となふなる波の數にはあらねどもはちすのうへの露にかゝらむ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 女院の八講に蓮の数珠を捧げるときの歌。
かばかりもとひやはしつるほとゝぎすはな橘のこゝにこそありけれ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 道綱が橘を贈ってきたときの歌。
橘のもりものならぬ身をしればしづえなくてはとはぬとぞ聞く
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 母への返歌。
ぬれつゝも戀しきみちはよりなくにまだきこへずゑと思はざらむ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 小一条の大将への返事の歌。
蓮葉の浮葉をせばみこの世にもやどらぬつゆと身をぞ知りぬる
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 尼に家を借りられなかった中将に代わって詠んだ歌。
はちすにもたまゐよとこそむすびしか露は心を置きたがへけり
- 詠者
- 尼
- 状況
- 返歌。
花薄招きもやまぬやまざとにこゝろのかぎりとゞめつるかな
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 粟田野を見て帰るときの歌。
たきゞこることは昨日につきにしをいざをのゝえはこゝにくたさむ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 普門寺の千部経供養の帰りに、小野殿の花を見て詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「をの」に「斧」と「小野」を掛ける。
- 本説
- 斧の柄が朽ちるまで時を忘れたという爛柯の故事をふまえる。
千代もへよたちかへりつゝ山城のこまにくらべしこりの末なり
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 駒くらべの負けわざの献上品に添えた歌。
都びとねてまつらめやほとゝぎすいまぞ山べを鳴きて過ぐなり
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 山里で物思いする女の絵に添えた歌。寛和二年の歌合の歌。
渡つ海はあまの舟こそありと聞け乘りたがへても漕ぎてけるかな
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 法師が舟に乗っている絵に添えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「あま」に「海人」と「尼」を掛ける。
いざさらはいかなるこまかなつくべきすさめぬ草とのがれにし身を
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 兼家が離れた後、通う人がいるのだろうと言われて詠んだ歌。
修辞
- 本歌
- 「大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」(『古今和歌集』雑上)をふまえる。
卯の花の盛なるべしやまざとのころもさぼせるをりと見ゆるは
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「卯の花」の題。
修辞
- 見立て
- 卯の花の白さを、山里で干す白い衣に見立てる。
ほとゝぎす今ぞさわたる聲すなるわが吿げなくに人や聞くらむ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「ほととぎす」の題。
菖蒲草今日のみぎはを尋ぬればねをしりてこそかたよりにけれ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「菖蒲」の題。
修辞
- 掛詞
- 「ね」に「根」と「音」を掛ける。
五月雨やこぐらき宿の夕されはおもてるまでもてらすほたるか
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「蛍」の題。
咲きにける枝なかりせばとこなつものどけき名をや殘さゞらまし
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「とこなつ」の題。
あやなしや宿の蚊やり火つけそめてかたらふ虫の聲をさけつる
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「蚊遣火」の題。
おくるといふ蟬の初聲聞くよりぞいまかと荻のあきを知りぬる
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「蝉」の題。
こまやくる人や別くると待つほどに繁りのみます宿のなつくさ
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「夏草」の題。
思ひつゝ戀ひつゝはねじ逢ふと見る夢をさめてはくやしかりけり
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「恋」の題。
數知らぬ眞砂にたづの程よりはちぎりそめけむ千代ぞすくなき
- 詠者
- 道綱母
- 状況
- 歌合の「祝い」の題。
解説
巻末歌集の後半には、兼家の出家(永延二年・988〜990年ごろ)や、女院詮子、寛和二年(986)の歌合など、日記の終わった天延二年(974)よりかなり後の歌が収められている。作者が日記を書き終えた後も、歌人として求めに応じて歌を詠み続けていたことがわかる。
「いざさらはいかなるこまか」の歌は、日記の第52章では「今更に」で始まり、兼家への返事として書かれていた。同じ歌が初句を変えて伝わっていることは、歌集の成り立ちを考えるうえで興味深い。
歌集は、「心得ぬ所々は本のまゝに書けり。賀の歌は日記にあれば書かず」という、集めた人の言葉で終わる。この言葉は、すでに乱れのある本をもとに書き写したことを示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、163–167頁(コマ84–86)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日