方丈記 第8章
閑居の気味と心への問い
粗末な衣食にも満足し、恨みも恐れもない暮らしの中で、作者は「三界はただ心一つ」と閑居の味わいを語る。しかし死期の近づいた今、庵を愛し閑寂に執着することも仏の戒める執心ではないかと気づき、自らの心に問うが、心は答えず、念仏を二、三度唱えて筆をおく。

- 1衣衣い食食しょくのののたぐひたぐひたぐいまたまたまたおなじおなじおなじ。。。藤藤ふじのののころもころもころも、、、麻麻あさのののふすまふすまふすま、、、得得うるるるににに隨隨したがひひいてててはだへはだへはだえをををかくしかくしかくし。。。野野の邊邊べのののつばなつばなつばな、、、嶺嶺みねののの木木こののの實實み、、、わづかわづかわずかににに命命いのちをををつぐつぐつぐばかりばかりばかりなりなりなり。。。人人ひとにににまじらはまじらはまじらわざれざれざればばば、、、姿姿すがたををを耻耻はづるづるずる悔悔くいもももなしなしなし。。。かてかてかてともしけれともしけれともしければばばおろそかおろそかおろそかなれなれなれどもどもども、、、なほなほなお味味あじをををあまくあまくあまくすすす。。。
- 2すべてすべてすべてかやうかやうかようのののことことこと、、、樂樂たのしくしくしく富富とめめめるるる人人ひとににに對對たいしししててていふいふいうにににはははあらあらあらずずず、、、たゞたゞただわがわがわが身身み一一ひとつつつにににとりとりとりててて、、、昔昔むかしととと今今いまとととをををたくらぶるたくらぶるたくらぶるばかりばかりばかりなりなりなり。。。
- 3大大おおかたかたかた世世よをををのがれのがれのがれ、、、身身みををを捨捨すてててしししよりよりより、、、うらみうらみうらみもももなくなくなくおそれおそれおそれもももなしなしなし。。。命命いのちははは天天てん運運うんにににまかせまかせまかせててて、、、をしまをしまおしまずずずいとはいとはいとわずずず、、、身身みをををばばば浮浮うき雲雲くもににになずらへなずらへなずらえててて、、、たのまたのまたのまずずずまだしまだしまだしとととせせせずずず。。。一一いち期期ごのののたのしみたのしみたのしみははは、、、うたゝねうたゝねうたたねののの枕枕まくらののの上上うえにににきはまりきはまりきわまり、、、生生しょう涯涯がいののの望望のぞみははは、、、をりをりおりをりをりおりののの美美び景景けいにににのこれのこれのこれりりり。。。
- 4それそれそれ三三さんははは、、、たゞたゞただ心心こころ一一ひとつつつなりなりなり。。。心心こころもしもしもし安安やすからからからずずずばばば、、、牛牛ぎゅう馬馬ば七七しつ珍珍ちんもももよしよしよしなくなくなく、、、宮宮きゅう殿殿でん樓樓ろう閣閣かくももも望望のぞみなしなしなし。。。今今いまさびしきさびしきさびしきすまひすまひすまい、、、ひとひとひとまままののの庵庵いおり、、、みづからみづからみずからこれこれこれををを愛愛あいすすす。。。
- 5おのづからおのづからおのずから都都みやこににに出出いでゝでゝでてははは、、、乞乞こつ食食じきとととなれなれなれるるることことことをををはづはづはずととといへいへいえどもどもども、、、かへりかへりかえりてててこゝこゝここににに居居おるるる時時ときははは、、、他他たののの俗俗ぞく塵塵じんににに着着じゃくするするすることことことをををあはれぶあはれぶあわれぶ。。。
- 6もしもしもし人人ひとこのこのこのいへいへいえるるることことことをををうたがはうたがはうたがわゞゞば、、、魚魚うおととと鳥鳥とりとととののの分分ぶん野野やををを見見みよよよ。。。魚魚うおははは水水みずににに飽飽あかかかずずず、、、魚魚うおにににあらあらあらざれざれざればばばそのそのその心心こころをををいかでいかでいかでかかか知知しらららむむん。。。鳥鳥とりははは林林はやしをををねがふねがふねがう、、、鳥鳥とりにににあらあらあらざれざれざればばばそのそのその心心こころをををしらしらしらずずず。。。閑閑かん居居きょののの氣氣き味味みもももまたまたまたかくかくかくののの如如ごとししし。。。住住すまままずずずしてしてしてたれたれたれかかかさとらさとらさとらむむん。。。
- 7そもそもそもそもそもそも一一いち期期ごののの月月つき影影かげかたぶきかたぶきかたぶきててて餘餘よ山山やまのののはははににに近近ちかししし。。。忽忽たちまちににに三三さん途途ずのののやみやみやみにににむかはむかはむかわむむん時時とき、、、何何なにのののわざわざわざをををかかかかこたかこたかこたむむんとととするするする。。。佛佛ほとけののの人人ひとををを敎敎おしへへへ給給たまふふうおもむきおもむきおもむきははは、、、ことことことにににふれふれふれててて執執しゅう心心しんなかれなかれなかれとととなりなりなり。。。今今いま草草くさののの庵庵いおりををを愛愛あいするするするもももとがとがとがとととすすす、、、閑閑かん寂寂じゃくににに着着じゃくするするするもももさはりさはりさわりなるなるなるべしべしべし。。。いかゞいかゞいかが用用ようなきなきなきたのしみたのしみたのしみをををのべのべのべててて、、、むなしくむなしくむなしくあたらあたらあたら時時ときををを過過すぐさささむむん。。。
- 8しづかしづかしずかなるなるなる曉曉あかつき、、、このこのこのことわりことわりことわりををを思思おもひひいつゞけつゞけつづけててて、、、みづからみづからみずから心心こころににに問問とひひいててていはくいはくいわく、、、世世よをををのがれのがれのがれててて山山さん林林りんにににまじはるまじはるまじわるははは、、、心心こころををををさめをさめおさめててて道道みちををを行行おこなははわむむんがががためためためなりなりなり。。。然然しかるるるををを汝汝なんじががが姿姿すがたはははひじりひじりひじりににに似似にててて、、、心心こころはははにごりにごりにごりにににしめしめしめりりり。。。すみかすみかすみかははは則則すなわちちち淨淨じょう名名みょう居居このののあとあとあとをををけがせけがせけがせりりりととといへいへいえどもどもども、、、たもつたもつたもつ所所ところはははわづかわづかわずかににに周周しゅ梨梨り槃槃はんががが行行ぎょうにににだだだももも及及およばばばずずず。。。
- 9もしもしもしこれこれこれ貧貧ひん賤賤せんののの報報むくいのののみづからみづからみずからなやますなやますなやますかかか、、、はたはたはた亦亦また妄妄もう心心しんのののいたりいたりいたりてててくるはせくるはせくるわせるるるかかか、、、そのそのその時時ときこゝろこゝろこころ更更さらににに答答こたふるふるうることことことなしなしなし。。。たゝたゝただかたはらかたはらかたわらににに舌舌ぜつ根根こんをををやとひやとひやといててて不不ふ請請しょうののの念念ねん、、、兩兩りょう三三さん返返べんををを申申もうしししてててやみやみやみぬぬぬ。。。
- 10時時ときににに建建けん曆曆りゃくののの二二ふたとせとせとせ、、、彌彌や生生よいののの晦晦みそ日日か比比ごろ、、、桑桑そう蓮蓮れん胤胤いん、、、外外と山山やまののの庵庵いおりにににしてしてしてこれこれこれをををしるすしるすしるす。。。
- 11「「「月月つきかげかげかげははは入入いるるる山山やまののの端端はもももつらかりつらかりつらかりきききたえたえたえぬぬぬひかりひかりひかりをををみるみるみるよしよしよしもももがががななな」」」。。。
現代語訳
衣食のことも、また(住まいと)同じである。藤づるの繊維で織った衣や麻の夜具など、手に入るものに応じて肌を覆い、野辺のつばなや峰の木の実で、かろうじて命をつないでいるだけである。人と交わらないので、みすぼらしい姿を恥じて後悔することもない。食べ物が乏しいので粗末だけれど、それでもかえっておいしく味わっている。
すべてこうしたことは、楽しく暮らす裕福な人に向かって言うのではない。ただ自分一人の身について、昔と今とを比べているだけである。
だいたい世を逃れ、身を捨ててから後は、恨みもなく恐れもない。命は天の運にまかせて、惜しみもせず嫌いもせず、身は浮雲のようなものと思って、頼みにもせず、まだ足りないとも思わない。一生の楽しみは、うたた寝の枕の上で味わい尽くし、生涯の望みは、折々の美しい景色を見ることに残っている。
そもそも、この世のすべては、ただ心一つのもちようである。心がもし安らかでなければ、牛や馬や七つの宝もつまらないものであり、宮殿や楼閣も望ましくない。今の寂しい住まい、一間だけの庵を、私は自分で愛している。
たまたま都に出たときは、乞食のような身になったことを恥ずかしく思うけれど、帰ってきてここにいるときは、かえって他の人々が世俗の塵にまみれて執着しているのを気の毒に思う。
もし人が、私の言ったことを疑うなら、魚と鳥のありさまを見なさい。魚は水に飽きることがない。魚でなければその心はどうしてわかろうか。鳥は林を願う。鳥でなければその心はわからない。閑居の味わいもまたこれと同じである。住んでみないで、誰がわかるだろうか。
さて、私の一生の月の光も傾いて、残りの命は山の端に近い。まもなく三途の闇に向かうときに、何事を嘆こうとするのか。仏が人をお教えになる趣旨は、何事につけても執着の心を持つなということである。今、草の庵を愛するのも罪とされ、閑寂に執着するのも往生の妨げとなるだろう。どうして役にも立たない楽しみを述べて、むなしく惜しい時間を過ごしてよいだろうか。
静かな明け方、この道理を思い続けて、自分で自分の心に問いかけて言うには、「世を逃れて山林に入ったのは、心を修めて仏道を行おうとするためである。それなのにおまえの姿は聖に似ていて、心は濁りに染まっている。住まいは浄名居士(維摩)の跡をまねているといっても、守っているところは、わずかに周利槃特の修行にさえ及ばない。
これは前世の貧しく賤しい報いが自分を悩ましているのか、それともまた迷いの心が極まって狂わせているのか」と。そのとき心はまったく答えることがない。ただかたわらで舌を借りて、心のこもらない念仏を二、三回唱えて終わった。
ときに建暦二年三月の末ごろ、僧の蓮胤が、外山の庵でこれを書き記す。
「月の光は、山の端に入ってしまうのもつらいことだった。絶えることのない光(阿弥陀仏の光明)を見るすべがあればよいのに」。
意訳
衣食住のすべてにおいて、作者は貧しさを恥じない。粗末な衣と木の実の食事でも、人と比べなければ恥ずかしくなく、空腹ならかえっておいしい。そして「三界はたゞ心一つなり」――幸不幸は住む場所や財産ではなく心のありようで決まる、という結論に至る。都に出ると乞食のような身を恥じるが、庵に帰ると、俗世の塵にまみれた人々をかえって哀れむ。魚と鳥のたとえは、閑居の味わいは住んだ者にしかわからないという自負である。
ところが最終章で、作品は思いがけない展開を見せる。死が近づいた今、仏は何ものにも執着するなと教えているのに、自分は草の庵を愛し、閑寂に執着している。これまで語ってきた庵の楽しみそのものが、往生の妨げではないか。作者は自分の心に問い詰める。姿は聖のようでも、心は濁っている――しかし心は何も答えず、作者はただ念仏を二、三度唱えて筆をおく。
答えの出ないまま終わるこの結末は、『方丈記』を単なる隠者の自慢話ではなく、自己を厳しく見つめた告白の書にしている。底本はこのあとに「月かげは」の歌を載せる。山の端に沈む月のような命のはかなさと、絶えることのない阿弥陀の光への願いを詠み、作品を閉じている。
語釈・文法注
- 三界
- 仏教で、生き物が生まれ変わり死に変わりする迷いの世界の全体。欲界・色界・無色界の三つ。「三界唯心」は、三界のすべては心が生み出したものだという教え。
- 餘算
- 残りの年数。余命。
- 淨名居士
- 維摩居士のこと。釈迦の在家の弟子で、方丈の室に住んだと『維摩経』に説かれる。
- 周梨槃特
- 釈迦の弟子の一人。物覚えが悪く、自分の名前さえ覚えられなかったが、ひたすら掃除をする修行によって悟りを開いたという。
- 不請の念佛
- 心のこもらない念仏。また、人に頼まれもしないのに唱える念仏とも解される。
- 桑門
- 出家者、僧。「蓮胤」は鴨長明の法名。
文法
- 「はだへをかくし。」
- 底本は「かくし」のあとに句点を置く。意味の上では次の「野邊のつばな…」へ続く対句。
- 「住まずしてたれかさとらむ」
- 「か」は反語の係助詞で、結びは推量の助動詞「む」の連体形。住まないで誰がわかるだろうか、住んだ者にしかわからない。
- 「何のわざをかかこたむとする」
- 前の「か」は係助詞、後の「かこた」は動詞「かこつ」(嘆く、ぐちを言う)の未然形。結びは「する」と連体形になる。
- 「いかゞ用なきたのしみをのべて、むなしくあたら時を過さむ」
- 「いかゞ」は反語。「あたら」は、惜しい、もったいない、の意の連体詞。
- 「たゝかたはらに」
- 底本は「たゝ」と書く(濁点がない)。「たゞ」の意に読む。
- 「たえぬひかりをみるよしもがな」
- 「もがな」は願望の終助詞。…があればいいのになあ。
和歌
月かげは入る山の端もつらかりきたえぬひかりをみるよしもがな
- 詠者
- 鴨長明(底本の本文に付す)
- 状況
- 『方丈記』の結びの後に、底本が載せる歌。流布本系の本文に見え、大福光寺本にはない。
修辞
- 対比
- 山の端に沈んでしまう「月かげ」と、絶えることのない「ひかり」(阿弥陀仏の光明)を対比し、限りある命と永遠の救いへの願いを詠む。
解説
「時に建暦の二とせ、彌生の晦日比」は、建暦二年(1212)三月末。作者は五十八歳ごろで、この四年後の建保四年(1216)閏六月に没したと伝えられる。「桑門蓮胤」と、俗名の長明ではなく法名で署名しているのは、出家者としてこの文を書いたことを示している。
最後の自問の場面は、解釈が分かれるところである。心が答えないのは、作者が自分の執着を自覚しながらも捨てきれないことの告白とも、言葉による答えを超えた境地に至ったことを示すとも読まれてきた。「不請の念佛」も、心のこもらない形だけの念仏と読む説と、阿弥陀仏の救いを請い求める以前の、おのずから口をついて出る念仏と読む説がある。
冒頭の「行く川のながれ」から始まった無常の思索は、災厄の記録、方丈の庵の暮らし、閑居の楽しみを経て、その楽しみへの執着さえ問い直すところで終わる。わずか一万字ほどの短い作品だが、このように最後まで自分自身を突き放して見つめる姿勢が、『方丈記』を八百年読み継がれる古典にしている。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(方丈記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、553–554頁(コマ288–289)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日