方丈記 第1章
ゆく河の流れと安元の大火
流れてやまない川の水と、浮かんでは消える泡に、人と住まいのはかなさをたとえる序。続いて、作者が見た世の不思議の第一として、安元三年四月二十八日の夜、都の東南から出た火が西北へ燃え広がり、大極殿をはじめ都の三分の二を焼いた大火を語る。

- 1行行ゆくくく川川かはのののながれながれながれははは絕絕たえええずずずしてしてして、、、しかしかしかももも本本もとののの水水みずにににあらあらあらずずず。。。よどみよどみよどみににに浮浮うかぶぶぶははは、、、かつかつかつ消消きえええかつかつかつ結結むすびびびててて久久ひさしくしくしくとゞまるとゞまるとどまることことことなしなしなし。。。世世よののの中中なかにににあるあるある人人ひととととすみかすみかすみかととと、、、またまたまたかくかくかくののの如如ごとししし。。。
- 2玉玉たまののの都都みやこののの中中うちにににむねむねむねをををならべならべならべいらかいらかいらかをををあらそへあらそへあらそえるるる、、、たかきたかきたかきいやしきいやしきいやしき人人ひとのののすまひすまひすまいははは、、、代代よ々々よををを經經へててて盡盡つきききせせせぬぬぬものものものなれなれなれどどど、、、これこれこれをををまことまことまことかかかととと尋尋たずぬれぬれぬればばば、、、昔昔むかしありありありししし家家いえはははまれまれまれなりなりなり。。。或或あるいはははこぞこぞこぞ破破やぶれれれてててことしことしことしははは造造つくりりり、、、あるあるあるははは大大おお家家いえほろびほろびほろびててて小小こ家家いえとととなるなるなる。。。
- 3住住すむむむ人人ひともももこれこれこれにににおなじおなじおなじ。。。所所ところもももかはらかはらかわらずずず、、、人人ひとももも多多おおかれかれかれどどど、、、いにしへいにしへいにしえ見見みししし人人ひとははは、、、二二に三三さん十十じゅう人人にんががが中中うちににに、、、わづかわづかわずかにににひとりひとりひとりふたりふたりふたりなりなりなり。。。あしたあしたあしたににに死死しししし、、、ゆふべゆふべゆうべににに生生うまるゝるゝるるならひならひならい、、、たゞたゞただ水水みずののの泡泡あわにににぞぞぞ似似にたりたりたりけるけるける。。。
- 4知知しらららずずず、、、生生うまれれれ死死しぬるぬるぬる人人ひと、、、いづかたいづかたいずかたよりよりより來來きたりりりててて、、、いづかたいづかたいずかたへへへかかか去去さるるる。。。又又また知知しらららずずず、、、かりかりかりのののやどりやどりやどり、、、誰誰たががが爲爲ためににに心心こころををを惱惱なやましましまし、、、何何なにににによりよりよりてててかかか目目めをををよろこばよろこばよろこばしむるしむるしむる。。。
- 5そのそのそのあるじあるじあるじとととすみかすみかすみかととと、、、無無む常常じょうをををあらそひあらそひあらそい去去さるるるさまさまさま、、、いはゞいはゞいわば朝朝あさ顏顏がおののの露露つゆにににことことことならならならずずず。。。或或あるいははは露露つゆおちおちおちててて花花はなのこれのこれのこれりりり。。。のこるのこるのこるととといへいへいえどもどもども朝朝あさ日日ひににに枯枯かれれれぬぬぬ。。。或或あるいははは花花はなはははしぼみしぼみしぼみててて、、、露露つゆなほなほなお消消きえええずずず。。。消消きえええずずずととといへいへいえどもどもども、、、ゆふべゆふべゆうべををを待待まつつつことことことなしなしなし。。。
- 6およそおよそおよそ物物ものののの心心こころををを知知しれれれりりりしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、四四し十十じゅうあまりあまりあまりののの春春はる秋秋あきをををおくれおくれおくれるるる間間あいだににに、、、世世よのののふしぎふしぎふしぎををを見見みるるることことことやゝやゝややたびたびたびたびたびたびににになりなりなりぬぬぬ。。。いにしいにしいにし安安あん元元げん三三さん年年ねん四四し月月がつ廿廿にじゅう八八はち日日にちかかかとととよよよ、、、風風かぜ烈烈はげしくしくしく吹吹ふきききてててしづかしづかしずかならならならざりざりざりししし夜夜よ、、、戌戌いぬののの時時ときばかりばかりばかり、、、都都みやこのののたつみたつみたつみよりよりより火火ひ出出いででで來來きたりりりててていぬゐいぬゐいぬいににに至至いたるるる。。。はてはてはてにににははは朱朱しゅ雀雀じゃく門門もん、、、大大だい極極ごく殿殿でん、、、大大だい學學がく寮寮りょう、、、民民みん部部ぶののの省省しょうまでまでまで移移うつりりりててて、、、ひとひとひとよよよがががほどほどほどににに、、、塵塵じん灰灰かいとととなりなりなりにににききき。。。
- 7火火ひ本本もとははは樋樋ひ口口ぐち富富とみののの小小こう路路じとととかかかややや、、、病病びょう人人にんををを宿宿やどせせせるるるかりかりかりやややよりよりより出出いででで來來きけるけるけるとととなむなむなん。。。吹吹ふきききまよふまよふまよう風風かぜにににとかくとかくとかく移移うつりりり行行ゆくくくほどほどほどににに、、、扇扇おうぎをををひろげひろげひろげたるたるたるががが如如ごとくくくすゑすゑすえひろひろひろににになりなりなりぬぬぬ。。。遠遠とおききき家家いえははは煙煙けぶりにににむせびむせびむせび、、、近近ちかきききあたりあたりあたりはははひたすらひたすらひたすらほのほほのほほのおををを地地ちににに吹吹ふきききつけつけつけたりたりたり。。。空空そらにににははは灰灰はいををを吹吹ふきききたてたてたてたれたれたればばば、、、火火ひののの光光ひかりににに映映えいじじじてててあまねくあまねくあまねくくれなゐくれなゐくれないなるなるなる中中なかににに、、、風風かぜににに堪堪たへへえずずず吹吹ふききき切切きららられれれたるたるたるほのほほのほほのお、、、飛飛とぶぶぶががが如如ごとくくくにににしてしてして一一いち二二に町町ちょうををを越越こえええつゝつゝつつ移移うつりりり行行ゆくくく。。。
- 8そのそのその中中なかののの人人ひとうつゝうつゝうつつならならならむむんややや。。。あるひあるひあるいははは煙煙けぶりにににむせびむせびむせびてててたふれたふれたおれ伏伏ふししし、、、或或あるいははは炎炎ほのおにににまぐれまぐれまぐれてててたちまちたちまちたちまちににに死死ししししぬぬぬ。。。或或あるいははは又又またわづかわづかわずかににに身身み一一ひとつつつからくからくからくしてしてして遁遁のがれれれたれたれたれどもどもども、、、資資し財財ざいををを取取とりりり出出いづるづるずるににに及及およばばばずずず。。。七七しつ珍珍ちん萬萬まん、、、さながらさながらさながら灰灰かい燼燼じんとととなりなりなりにににききき。。。
- 9そのそのそのつひえつひえついえいくそばくいくそばくいくそばくぞぞぞ。。。このこのこのたびたびたび公公く卿卿ぎょうののの家家いえ十十じゅう六六ろく燒燒やけけけたりたりたり。。。ましてましてましてそのそのその外外ほかははは數數かずををを知知しらららずずず。。。すべてすべてすべて都都みやこのののうちうちうち、、、三三さん分分ぶががが二二にににに及及およべべべりりりとととぞぞぞ。。。男男なん女女にょ死死しぬるぬるぬるものものもの數數す千千せん人人にん、、、馬馬うま牛牛うしのののたぐひたぐひたぐい邊邊へん際際さいををを知知しらららずずず。。。
- 10人人ひとのののいとなみいとなみいとなみみなみなみなおろかおろかおろかなるなるなる中中なかににに、、、さしもさしもさしも危危あやうききき京京きょう中中じゅうののの家家いえををを作作つくるるるとてとてとて寶寶たからをををつひやしつひやしついやし心心こころをををなやますなやますなやますことことことははは、、、すぐれすぐれすぐれてててぞぞぞ侍侍はべるるるべきべきべき。。。
現代語訳
流れてゆく川の流れは絶えることがなく、それでいて、もとの水ではない。よどみに浮かぶ水の泡は、一方で消え一方でできて、長くとどまっていることはない。世の中にいる人と住まいとも、またこのようなものである。
玉を敷いたように美しい都の中に、棟を並べ、甍の高さを競っている、身分の高い人や低い人の住まいは、何代たってもなくならないもののようだが、それが本当かと調べてみると、昔からあった家はめったにない。あるものは去年こわれて今年建て直し、あるものは大きな家が滅びて小さな家となっている。
住む人もこれと同じである。場所も変わらず、人も多いけれど、昔会ったことのある人は、二、三十人のうちに、わずかに一人か二人である。朝に死に、夕方に生まれるという世のならわしは、ちょうど水の泡によく似ている。
私にはわからない、生まれ死ぬ人が、どこから来て、どこへ去っていくのか。またわからない、仮の宿にすぎない住まいのために、誰のために心を悩まし、何のために見た目を喜ばせようとするのか。
その主人と住まいとが、無常を競い合うように消えていくさまは、いってみれば朝顔の花とその露との関係と変わらない。あるときは露が落ちて花が残る。残るといっても朝日に当たって枯れてしまう。あるときは花がしぼんで露はまだ消えない。消えないといっても夕方を待つことはない。
だいたい物事の道理がわかるようになってからこのかた、四十年あまりの年月を送るあいだに、世の中の不思議な出来事を見ることが、しだいにたび重なった。去る安元三年四月二十八日のことだったか、風が激しく吹いて騒がしかった夜、午後八時ごろ、都の東南から火が出て、西北へと燃え広がった。しまいには朱雀門・大極殿・大学寮・民部省にまで燃え移って、一晩のうちに、すっかり灰になってしまった。
火元は樋口富小路とかいうことで、病人を泊めていた仮小屋から出火したということである。吹き乱れる風のために、あちこちと燃え移っていくうちに、扇を広げたように末広がりに燃え広がった。遠くの家は煙にむせび、近いあたりはひたすら炎を地面に吹きつけている。空には灰を吹き上げているので、それが火の光に照り映えて、あたり一面真っ赤になっている中を、風の勢いに耐えきれずに吹きちぎられた炎が、飛ぶようにして一町も二町も越えて燃え移っていく。
その中にいる人は、生きた心地もしなかったであろう。ある人は煙にむせんで倒れ伏し、ある人は炎に目がくらんでたちまち死んでしまう。またある人は、やっとのことで身ひとつで逃げ出したけれども、家財を持ち出すことはできない。数々の宝物も、そっくり灰になってしまった。
その損失はどれほどであろうか。このとき、公卿の家が十六軒焼けた。ましてそのほかの家は数えきれない。都全体のうち、三分の二に及んだということだ。死んだ男女は数千人、馬や牛のたぐいは際限もわからない。
人のすることはみな愚かなものだが、その中でも、これほど危険な京の町なかに家を建てようとして財産を費やし、心を悩ますことは、とりわけつまらないことでございましょう。
意訳
『方丈記』は、川の流れと水の泡という二つのたとえから始まる。川は形としてはいつも同じように流れているが、そこを流れる水は一瞬ごとに入れ替わっている。都の家々も人々も、同じようにそこにあり続けるように見えて、実は絶えず入れ替わっている――作者はこの「変わらないように見えて変わり続ける」ありさまに、仏教でいう無常を見ている。
朝顔と露のたとえは、主人(人)と住まい(家)が、どちらが先に消えるかを競い合っているというもので、どちらが残ってもしょせん長くはもたない。冒頭のこの部分は、作品全体の主題である「人とすみか」のはかなさを示す序となっている。
そのうえで作者は、自分が四十年あまりの人生で見た「世のふしぎ」を語り始める。安元の大火の描写は、風にあおられて末広がりに燃え広がる炎、照り映える空、ちぎれ飛ぶ炎と、目に浮かぶように具体的である。そしてこの災厄の話は、危険な都に財を費やして家を建てることのむなしさという結論に結びつけられる。
語釈・文法注
- うたかた
- 水面に浮かぶ泡。はかなく消えるもののたとえ。
- 玉しき
- 「玉敷き」。玉を敷きつめたように美しいこと。都をほめていう。
- うつゝ心
- 正気。しっかりした心。「うつゝ心ならむや」で、生きた心地もしなかっただろう、の意。一般には「うつし心」とする本文が多い。
- 七珍萬寶
- 金・銀・瑠璃などの七種の宝と、多くの宝物。あらゆる財宝。
- あぢきなし
- つまらない。かいがない。
文法
- 「しかも本の水にあらず」
- 「しかも」は、それでいて、の意の接続詞。川の流れは絶えないが、それでいてそこを流れる水は同じ水ではない、という逆接の関係を示す。
- 「知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る」
- 「知らず」を文頭に置いて、後に続く疑問の内容を目的語とする倒置。漢文の訓読に由来する言い回しで、「又知らず」と対句になっている。
- 「いにし安元三年四月廿八日かとよ」
- 「いにし」は、ナ変動詞「往ぬ」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形で、去る、過ぎ去った、の意。「かとよ」は、…であったか、とあいまいな記憶を示す。安元三年は1177年。
- 「三分が二に及べりとぞ」
- 底本の本文のまま(底本の脇に異本の「一」を注記する)。一般には「三分が一に及べりとぞ」とする本文が知られる。
- 「あぢきなくぞ侍るべき」
- 係助詞「ぞ」の結びで、推量の助動詞「べし」が連体形「べき」になる。「侍る」は丁寧語で、読み手に語りかける口調を示す。
解説
冒頭の「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」は、日本の古典の中でももっともよく知られた書き出しの一つである。中国の『論語』子罕篇の「逝く者はかくのごときか、昼夜を舎かず」や、仏典の水と泡のたとえが下敷きにあるとされ、それを和文の簡潔な対句にまとめあげている。
安元の大火(1177年)は「太郎焼亡」とも呼ばれ、大極殿が焼失して以後再建されなかったことでも知られる大火災である。作者の鴨長明はこのとき二十代前半で、実際に都で見聞きしたことを書いている。災害の描写が生々しいのはそのためで、『方丈記』は災害の記録としても貴重な資料とされている。
この災害の段は、単なる記録では終わらず、必ず「人のいとなみ」のむなしさという教訓で結ばれる。序で示した「人とすみか」の無常を、具体的な体験で裏づけていく構成である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(方丈記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、541–542頁(コマ282–283)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日