源氏物語 第1帖 桐壺(1)
いづれの御時にか
帝の深い寵愛を受ける、身分の高くない更衣と、それをねたむ後宮の人々。後ろ盾のない更衣は、帝の愛だけを頼りに宮仕えを続ける。

- 1ののの時時とき、、、あまたあまたあまたたまひたまひたまいけるけるける中中なかににに、、、いといといとにはにはにはあらぬあらぬあらぬ優優すぐれてれてれてめきめきめきたまふたまふたまう有有ありけりりけりりけり。。。
- 2始始はじめよりよりより我我われはとはとはとひあがりひあがりいあがりたまへるたまへるたまえるおほんおほんおおん、、、ものものものにににおとしめおとしめおとしめみみみたまふたまふたまう。。。
- 3じじじ程程ほど、、、其其それよりよりよりののの更衣更衣こういたちたちたちはははましてましてましてからずからずからず。。。
- 4朝夕朝夕あさゆうのののにつけてもにつけてもにつけても人人ひとののの心心こころををを動動うごかしかしかし怨怨うらみををを負負おふふうにやにやにやありありありけむけむけん、、、
- 5いといといとなりゆきなりゆきなりゆきぼそげぼそげぼそげにににがちがちがちなるなるなるををを、、、
- 6いよいよいよいよいよいよかずかずかず哀哀あわれなるなるなるものものものにににほしてほしておして人人ひとののの謗謗そしりをををももも憚憚はばからせらせらせたまはずたまはずたまわず世世よのののにもにもにもなりなりなり御御おんなりなりなり。。。
- 7人人びとなどもなどもなども目目めをををつゝつゝつつ、、、いといといと人人ひとののの御御おんなりなりなり。。。
- 8にもにもにもかゝるかゝるかかる事事ことのののおこりおこりおこりにににこそこそこそ世世よももも亂亂みだれれれ惡惡あしかりしかりしかりけれけれけれととと、、、
- 9やうやうやうやうようよう天天あめののの下下したにもにもにも人人ひとのののににになりてなりてなりてのののためしためしためしももも引引ひききき出出いでででなりなりなり行行ゆくくくににに、、、
- 10いといといとことことこと多多おおかれかれかれどどど、、、ききき御心御心みこころののの類類たぐいなきなきなきををを頼頼たのみにてにてにてらひらひらいたまふたまふたまう。。。
- 11父父ちちのののはははなくなくなくなりてなりてなりて、、、母母ははののの方方かたいにしへいにしへいにしえののの人人ひとのののあるあるあるにてにてにて、、、
- 12うちうちうち具具ぐししし世世よのののおぼえおぼえおぼえ華華はなやかやかやかなるなるなるおほんおほんおおん方々方々かたがたにもにもにも劣劣おとらずらずらず何事何事なにごとののの儀式儀式ぎしきをををももももてなしもてなしもてなしたまひたまひたまいけれけれけれどどど、、、
- 13とりたてゝとりたてゝとりたてて御御おんしししなけれなけれなければばばとととあるあるある時時ときははは猶猶なお所所どころなくなくなく心細心細こころぼそげげげなりなりなり。。。
現代語訳
どの帝の御代であったろうか、女御や更衣が大勢お仕えしていた中に、それほど高い家柄ではない方で、とりわけ帝のご寵愛を受けている方がいた。入内の初めから「自分こそは」と誇りを持っておられた女御の方々は、この方を目障りな者とさげすみ、ねたまれた。同じ身分の更衣や、それより低い身分の更衣たちは、なおさら心穏やかではない。
朝夕の宮仕えにつけても、ほかの人々の心をかき乱し、恨みを受けることが積み重なったせいであろうか、この方はひどく病気がちになり、なんとなく心細そうに実家へ下がっていることが多くなった。帝はそれをますますいとおしく、かわいそうな者とお思いになって、人々の非難も気になさることがおできにならず、後の世の語りぐさにもなってしまいそうなほどのお扱いぶりである。
上達部や殿上人なども、苦々しく思って目をそむけており、まったく見ていられないほどのご寵愛である。唐土でもこのようなことが原因で世が乱れ、悪いことになったのだと、しだいに世間でも苦々しく、人々の悩みの種となって、楊貴妃の例まで引き合いに出されそうになっていく。更衣は居たたまれないことが多いけれど、おそれ多い帝のお心遣いが比べるものもないほど深いのを頼りにして、宮仕えを続けておられる。
父の大納言はすでに亡くなっていた。母の北の方は古い家柄の出で教養のある人だったので、両親がそろっていて今まさに世の評判も華やかな方々にも劣らないよう、どのような儀式もきちんと取り計らっておられた。けれども、これといってしっかりした後ろ盾がないので、何か特別なことがあるときには、やはり頼るところがなく心細い様子である。
意訳
物語は「どの帝の時代であったか」とぼかして始まる。後宮には、家柄の順に女御・更衣が並ぶ秩序があり、帝の愛情もその秩序に沿って配られるのが当然とされていた。この更衣への寵愛は、その秩序を大きく越えるものだった。帝の愛がどれほど純粋であっても、それ自体が周りの恨みを集め、更衣の身をむしばんでいく。
楊貴妃の名が持ち出されるのは、帝の愛が国を乱しかねない危ういものとして見られていたからである。宮廷の人々が恐れたのは恋そのものではなく、身分の秩序と貴族たちの力の釣り合いが崩れることであった。父を亡くし、後ろ盾を持たない更衣が頼れるのは帝の心だけであり、その孤立が、この後の悲劇へとつながっていく。
語釈・文法注
- いづれ
- 不定称の代名詞。「どれ」「どの」。「いづれの御時にか」で「どの帝の御代であったろうか」。時代をはっきり示さない書き出し。
- おほん
- 「御」の読みの一つで、尊敬の接頭語。のちに「おん」となる。底本はここを仮名で「おほん」と書く。
- にか
- 断定の助動詞「なり」の連用形「に」+係助詞「か」。下に「ありけむ」などが省略されている(結びの省略)。
- 女御(にょうご)
- 天皇の后妃の位。中宮(皇后)に次ぎ、主に大臣以上の家の娘がなった。
- 更衣(こうい)
- 女御の下の后妃の位。大納言以下の家の娘がなった。もとは天皇の衣替えに奉仕する女官の名。
- さぶらふ
- 「仕ふ」の謙譲語で「お仕えする」。ここでは后妃として帝のおそばに仕えること。
- やんごとなし
- 身分がきわめて高い。「やむごとなし」とも書く。
- きは
- 身分、家柄。
- が
- 格助詞の同格の用法。「いとやんごとなききはにはあらぬが」で「それほど高い身分ではない方で」。下の「優れて時めきたまふ(方)」と同じ人を指す。
- 時めく
- 時流に乗って栄える。ここでは帝の寵愛を受けて重んじられること。
- 思ひあがる
- 誇りを高く持つ。自負する。現代語の「思い上がる」ほど悪い意味ではない。
- 方々(かたがた)
- 「人々」の敬称。ここでは家柄の高い女御たちを指す。
- めざまし
- 目が覚めるほど意外だ。ここでは、目下の者が分不相応に重んじられるのを不快に思う気持ち。「気に食わない」。
- 猜む(そねむ)
- ねたむ。
- 同じ程
- (この更衣と)同じくらいの身分の者。
- 下臈(げろう)
- 身分の低い者。ここでは更衣の中でも家柄の劣る者。
- 安からず
- 心穏やかでない。
- 宮仕へ
- 宮中に仕えること。ここでは、帝に召されて御前に参上すること。
- つもり
- 積もり重なること。「怨を負ふつもり」で「恨みを受けることが積み重なった結果」。
- あつし
- 病気がちである、病弱だ。
- 物心ぼそげ
- なんとなく心細そうな様子。「もの」は「なんとなく」の意を添える接頭語。
- 里がち
- 宮中を下がって、実家(里)にいることが多いこと。
- 飽かず
- 満ち足りることがない。ここでは「いっそう(いとおしく)」。
- 覺ほす(おもほす)
- 「思ふ」の尊敬語。「お思いになる」。主語は帝。
- 得…ず(え…ず)
- 副詞「え」+打消で不可能を表す。「…することができない」。
- ためし
- 先例、手本。「世のためし」で「後の世まで語り伝えられる例」。
- ぬべし
- 強意の助動詞「ぬ」+推量の助動詞「べし」。「きっと…になってしまいそうだ」。
- もてなし
- 扱い、待遇。
- 上達部(かんだちめ)
- 公卿。大臣・大納言・中納言・参議と、三位以上の人。
- うへ人(うえびと)
- 殿上人。清涼殿の殿上の間に昇ることを許された人で、四位・五位と六位の蔵人。
- あいなし
- 筋が通らず不快だ。ここでは「苦々しく思って」。
- そばむ
- 横を向く。目をそらす。
- まばゆし
- まぶしい。ここでは、度を越していて見ていられないほどだ。
- おぼえ
- 人から寄せられる思い。ここでは帝のご寵愛。
- もろこし
- 中国のこと。
- あぢきなし
- 苦々しい、困ったことだ。「あぢきなう」は連用形「あぢきなく」のウ音便。
- もてなやみぐさ
- 扱いに困る種。悩みの種。
- 楊貴妃(ようきひ)
- 唐の玄宗皇帝の妃(719–756)。皇帝の寵愛を一身に受け、一族が権勢をふるったことが安史の乱の一因とされた。白居易「長恨歌」に詠まれ、平安時代の貴族によく知られていた。
- つべう
- 強意の助動詞「つ」+推量の助動詞「べし」の連用形「べく」のウ音便。「きっと…してしまいそうに」。
- はしたなし
- 中途半端で居心地が悪い。きまりが悪い。
- 忝し(かたじけなし)
- おそれ多い、もったいない。帝の愛情を受ける更衣の気持ちを表す。
- 心ばへ
- 心の向け方。心遣い。
- 交らふ(まじらふ)
- 人々の中に交じって過ごす。ここでは宮仕えを続けること。
- 大納言
- 太政官の次官で、大臣に次ぐ高官。その娘は、多くは更衣として入内した。
- 北の方
- 身分の高い人の正妻。屋敷の北の対に住んだことからいう。
- なむ
- 強意の係助詞。文末を連体形で結ぶはずだが、ここでは「…にて」と文が続いて結びが流れている(結びの消滅)。
- 由ある
- 由緒がある。教養やたしなみがある。
- 親うち具し
- 両親がそろっていること。「具す」は「そろう、備わる」。
- さしあたる
- 現に今そうである。「さしあたりて世のおぼえ華やかなる」で「現在、世の評判が華やかな」。
- はかばかし
- しっかりしている。頼りになる。
- 後見(うしろみ)
- 後ろ盾。宮仕えする娘を、経済面・政治面で支える父や兄弟。
- 事とある時
- 特別なこと(儀式・行事など)があるとき。
- より所
- 頼りにするところ。
文法
- 結びの省略(いづれのおほん時にか)
- 係助詞「か」の結びとなる「ありけむ」が省略されている。物語の書き出しに多い形。
- 同格の格助詞「が」(あらぬが)
- 「名詞(体言)+が+…連体形」の形で、「…で、…である人」と同じものを言い換える。ここでは「高い身分ではない方で、とりわけ寵愛を受けている方」。
- 二重敬語(憚らせたまはず)
- 尊敬の助動詞「す」+尊敬の補助動詞「たまふ」。帝など最も身分の高い人に使う最高敬語で、主語が帝であることがわかる。
- 係り結び(こそ…けれ)
- 係助詞「こそ」を受けて、過去の助動詞「けり」が已然形「けれ」で結ばれている。
- 結びの消滅(なむ…にて)
- 係助詞「なむ」があるのに、文が「にて」で続くため連体形の結びが現れない。
解説
「いづれの御時にか」という書き出しは、時代をはっきりさせないまま、読者を宮中の物語へ引き込む。南北朝時代の注釈書『河海抄』(四辻善成)以来、桐壺帝の御代は醍醐天皇の延喜年間(901–923)になぞらえたものと説かれてきた。
平安時代の後宮には、中宮(皇后)・女御・更衣という序列があり、それは后妃の実家の家柄にほぼ対応していた。帝の寵愛も、本来はこの序列と、后妃を支える父兄の政治力に見合って配られるべきものと考えられていた。大納言の娘である桐壺更衣は更衣の中では高い家柄だが、父はすでに亡く、母が儀式を整えても「後見」の弱さは補えない。この場面は、愛情と身分秩序の衝突という、物語全体を貫く主題を最初に示している。
楊貴妃の名が出るように、桐壺巻は白居易「長恨歌」を下敷きにしている。玄宗皇帝と楊貴妃の物語は、平安貴族にとって、帝王の愛が国を乱す例としても、死別の悲しみの物語としてもよく知られていた。のちの場面では、更衣を失った帝が「長恨歌」の絵を見て嘆く。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、1頁(コマ2)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校合
- 塚本哲三編『源氏物語』1(有朋堂文庫) 有朋堂書店、昭和7年(1932)、1–3頁(コマ8–9)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日