古今和歌集 巻第十八 雑歌下 983番
我が庵は
私の庵は都の東南にあり、このように心静かに住んでいる。それなのに世の人は、私が世をつらいと思って宇治山に住んでいると言っているようだ。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
私の庵は都の東南にあり、このように心静かに住んでいる。それなのに世の人は、私が世をつらいと思って宇治山に住んでいると言っているようだ。
意訳
都の東南の宇治山に住む作者が、「世を憂し」と思って隠れ住んでいると噂されるのを、軽く受け流す。
語釈・文法注
- たつみ
- 東南の方角。
- しかぞすむ
- このように住んでいる。「鹿」をかけるとする説もある。
- うぢ山
- 「憂し」と「宇治山」。
和歌
- 作者
- 喜撰法師(きせんほうし) 生没年未詳(九世紀)
宇治山に住んだ僧と伝えるが、経歴はほとんどわからない。仮名序は「詞かすかにして始終たしかならず」と評し、よめる歌は多く伝わらないとする。六歌仙の一人。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第十八・雑歌下・983番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 掛詞
- 「うぢ」に「憂し」と「宇治」。
解説
喜撰法師の歌で、百人一首第八首にも採られた。仮名序が喜撰の歌として挙げる唯一の歌。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、178頁(コマ102)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日